救世主

 昼下がりのマウカは、少し静かだった。店がやっているだけで、他の人は皆仕事へ戻ったよう。

 市場をスキップしながらのんびりと通り過ぎていると、一人、目立つ存在があった。

 エステラ人としては非常に珍しい腰まである黒髪に、アネラ様と同じような姫カットプラス前髪。膝上のスカートを履いたゴスロリ。真っ黒なヒールに、白いタイツ。鴉の羽根の様なものが付いた鞄を持っている。

 彼女は足早に市場を通り過ぎる。あたしは本当に出来心で、尾行することにした。顔は目の中心まですっぽりと覆ってしまっていたから確認できないけれど、彼女が何処の人なのかとても興味深い。恐らく旅行者か留学生だろうけど。

 でも、彼女の行く道がおかしい。普通、旅行者なら市場や観光名所、海沿いのホテルへ向かうし、留学生なら別方向にある留学生寮、学校に行くだろう。

 なのに彼女は、マウカ城がある方向に走っているのだ。

 すると彼女は鞄からマウカ城の入場証を兵士に見せ、さも当然かの様に通った。なんで持っているのかが不思議でならない。新しい従者の人だろうか? 

 あたしも入場証を見せて、敷地内に入る。

 建物の中に入ると、そこにいたのはさっきの少女、アネラ様、そして謎の女性だった。誰やねん……。

「おっかえりー、レウェリエ」

 弾んだ声でクスクスと笑いながら白い布を顔に巻くアネラ様。隣にいる二人も笑いながら布を巻いている。というかアネラ様、地下牢に閉じ込められたんじゃなかったの?! 

「えー? ああ、あんな安っぽい拘束具があたしを捕まえられると思ったら大間違いよ! 金属くらい簡単に溶かせるし」

 あたしの心を読んだのか、すかさずアネラ様はそう答えた。いや、怖いわ……金属簡単に溶かせるって……。恐るべき、アネラ王。

「あ、えっと……」

 場違い感がすごくなってきたので帰ろうかと思い、あたしは一歩ずつ後退る。が、その時。

「二人とも、レウェリエに自己紹介して」

「え」

 アネラさまが横の二人に自己紹介を促す。あたしは後退っていた足を止め、三歩ほど前に出た。

「あたしはレイ雷姫レイヂェン。ヂャンジェゾンブーに住んでるよ。鬼族。角があると怖がられるから切っちゃったけど。ただの貴族だけど、よろしくね」

 金髪を後ろに束ねている、淡褐色の瞳をした雷姫。切れ長の瞳にすらりと通った鼻筋、座っていても判る高い背丈という中性的な見た目。というか、「ただの貴族」って何?! 貴族ってだけで充分すごいと思いますけど?! あと角切ったって……痛くなかったのかな……?? 

「あたしはアナソフィア・ムーン・エリオット。ソフィア、って呼んで。ムルシエラゴの皇帝の娘だったんだけど、逃げてきちゃった! てへぺろ! まあ、見つかったら惨殺間違いなしだから、エヴァの街にある教会の神父さんがあたしを匿ってくれたの! それで今はその教会でお手伝いしてるんだ! よろしくね!」

 黒髪に桔梗色の瞳が特徴的なソフィア。長く早口な自己紹介。というか、ムルシエラゴ?! しかも皇女?! ひええ、ムルシエラゴって怖いのばっかりとか思ってたけど、こんな子いるんだ……。あと惨殺っていう超絶過激なワードを出した後に「てへぺろ!」って……。可愛い顔して怖いこと言うタイプだ。間違いない。うん。

「あ、えっと……。レウェリエ・クリースって言います。アネラ様にお仕えしています……」

 こんな金属溶かす王にただの貴族にムルシエラゴの皇女というパワーワード満載の人を前にして平常心でいられる訳がない。人見知り発動しちゃった。

「アネラ様だって! 様なんかつけさせて、従者にパワハラまがいのことしてない? 大丈夫?」

 雷姫が本気で心配そうな顔をしてあたしに訊いてきた。従者にパワハラ……確かにゲフンゲフン。とても従者思いの優しい主だとは……思う。

「え、とても……従者思いの優しい主……」

 そこまで言った途端に、声が出せなくなった。出そうとしても、喉でストップがかかって音に出すことができない。

「正直に行ってごらん? アリスィア・グローッタ!」

 ソフィアが謎の呪文を唱えた途端、意思に関わらず声帯から声が競り上がってくるのを感じた。

「ぶっちゃけ、自分のことくらい自分でしろって思うよねー。あと、地味顔……」

「トランキーロ!!!」

 あああ! あたし、アネラ様の前でなんてことを……。でも本当にこの言葉はわざとではないのだ。だけど、本当に自分のことちょっとくらいはやってほしいのもあるし、地味顔なのも事実。思ったことが口から思いっきり出てきてしまった。

 アネラ様の呪文により本音ぶちまけは治まったけど……。

「ちょっとレウェリエ? 給料無しにするわよ?」

 狂気に満ちた笑みを浮かべてあたしに歩み寄るアネラ。はわわ、怖い怖い。なんて怖いんだろう。

「あー! パワハラだ!」

「やっぱりやってた!」

「うるさいわね! もう!」

 だけど雷姫とソフィアが騒いだことによってあたしへのハラスメントは阻止された。ああ、良かった……。

「これさあ、パワハラじゃなくて『アネハラ』じゃない? アネラがやるハラスメントということで……」

 ソフィアが変な言葉思いついた。あああ、全国のアネラさん、申し訳ございません。全てこのアネラ王のせいでございます。

「トランキーロ!!! はい! 会議するよ!」

 また制圧きた。どうやら今日は会議をしに来たらしい。皆椅子に座る。アネラ様が詰めてくれたので、あたしは隣に座った。

「さささ、では今日やること、雷姫!」

「ザルバドルとしての作戦を立て、ムルシエラゴに支配された神殿の浄化を行う!」

 ザルバドル……?? 聞きなれない単語だ。どういう意味を持つのだろう。

「アネラ様……。ザルバドルって何ですか?」

 あたしはアネラ様の耳にそっと囁いた。アネラ様は面倒くさそうな顔をしてあたしの方を向く。

「救世主って意味。エステラを救う、救世主。つか、後で説明したげるから。少しは待つということを覚えなさい……」

「はい……」

 ごもっともです。さーせん。

「あたしたちは星々に選ばれてこの世界に生を受けた。と、同時に宿命も授かった。だからその宿命を果たすために、ザルバドルとしてムルシエラゴの脅威からエステラを救う存在でならないといけないの。ムルシエラゴと命を懸けてでも戦う。それを実行するためには神殿の精霊にお願いしなくてはいけない……ってわけ。っ判った? レウェリエ」

 宿命……。背負うには相当な覚悟が必要なそれは、変えることはできないもの。一回背負ったら、今世が終わるまで背負い続ける。そんな重いものを三人は背負っているのだ。

 辛く苦しいだろうに、それを一切表に出さない心の強さに、ひたすら感服する。

「さ、行きましょ」

 ソフィアが、手に分厚い魔導書を持って立ち上がった。黒レースの手袋がはめられていて、指を長く見せている。

「そうだな」

「ええ……。レウェリエも一緒行く??」

 これは行った方がいいのか、行かない方がいいのか。どっちにしろ後悔しそうだな。じゃあ、興味もあるし行った方がいいか。

「行きます」

「了解」

 軽く返事を返したアネラは、夜のマウカへと駆けて行った。あたしも慌ててそれを追いかける。

 これからとてつもなく壮大で、ロマンチックな物語が始まりそうな……気がした。

 

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