第38話

「ええ」

「お、おい……」


 さっき言動を止めた兵士が再び止めようとするが、質問した兵士の口はそのまま動き続けた。


「彼らは反逆罪で殺されたのですよね?」


 泯は兵士の率直な意見に、一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。だが、布で顔を覆っているため、兵士たちには泯の細かな表情の違いは分からない。

 泯は毅然とした態度で兵士の質問に答えた。


「はい、彼等は王に反旗を翻そうとした者たちです。殺されても文句は言えません」


 月が空に、泯の背中には燃え広がる花畑が。三人の兵士の目には、月夜に輝く女性の兵士。その立ち居振る舞いは凛として、また、美しくも見えた。


 剛昌の右腕としての地位、そして誰にもその素顔を見せたことがない女兵士、剛昌の忍び……。


 彼女の存在は五年ほど前から兵士たちの間でも有名になっていた。「右腕とは名ばかりのただの剛昌の女」と噂されたことが何度かあったが、泯は己の実力だけで噂を断ち切っていた。


 今では次の大臣と言われるほどにまで、その地位、実力は底上げされている。

 質問をした兵士は小さく声を発する。


「……彼らは、殺していい存在だった、ということですよね……」


 泯の心を刺すような質問に……。


「ええ、彼等は殺さなければならない存在でした」


 泯は静かに、兵士へと言葉を返した。


「そ、そうですよね……」


 兵士は俯いて、自分を言い聞かせるように何度も呟く。


「無粋な質問するんじゃない……まったく……」


 再び前の兵士に声をかけられる兵士。

 泯はその光景に少しだけ頬を緩めた後、兵士たちに声をかける。


「任務は終わりました。さあ、帰りましょう」

「はっ」


 質問した兵士以外が声を合わせて返事をした。

 返事をしなかった下を向いたままの兵士に、泯はそっと声をかける。


「大丈夫?」

「うっ……」

「……」


 兵士が震えているのを見た泯はそっと近づいて寄り添った。


「大丈夫?」

「お、俺は……」


 兵士が口を開いたがどうも様子がおかしかった。頭を抱えながら小刻みに震える兵士。

 隣の兵士も心配そうに背中に手を当てて声をかける。


「おい、大丈夫か?」

「俺、初めて……人を殺したんです……。苦しんでたのに……なのに……何回も刺して……でも死ななくて……」


 兵士は血塗れの両手を見つめて、自分の行いに震えていた。

 泯は兵士の肩にそっと手を置いて優しく囁く。


「ここで殺していなければ、彼等はもっとひどい死に方をしていました。私たちが楽にしてあげたのです。あなたのしたことは正しいことです」

「うぅ……でも……あの人は……あんなにもがいて……血まみれの手で俺を……」


 兵士の瞳から大粒の涙が手元に零れ落ちていく。

 弱気な兵士の態度に、泯はしっかりと言い聞かせるように助言を呈する。


「死に際に躊躇すれば相手もその分苦しみます。次に人を殺す時は確実に殺してあげなさい。それが一番の情けです」

「うっ……うぅ……分かりました……うっ……うぐっ……」


 兵士はそのまま地に伏せて泣き崩れた。


「……」


 戦が終わってからというもの、村や町の憲兵上がりの者が、王城の部隊に入隊することは珍しいことではなかった。


 敵国に攻め込まれようと大臣は全員が元武将。戦で負けなしの武将たちが率いる部隊は多少の兵士の欠損だけで相手を追い詰めることが出来た。


 近年に至っては、敵国も恐れてへたに手は出してこない。それに伴い、戦を経験する者は少なくなっていた。


「……」


 戦を経験せず、殺し合いもしていない者ならば、今回の任務は酷だったに違いない。兵舎に居る兵士なら大丈夫だと、油断していた泯は申し訳なさそうに表情を歪めた。


 嗚咽混じりに泣く兵士に泯が優しく呟く。


「その悲しみは失わないよう……、大切に心にしまっておきなさい」

「っ……?」


 兵士は言葉が出ないまま、泯の言葉に疑問を抱いた。


「いつも人々は、命も心も、失くしてから気が付くには遅すぎるのですよ……」

「……?」


 泯は言い終えるとすっと立ち上がり、未だに燃え続けている村を見つめた。

 泯の後ろでも黒百合が燃え、未だにその範囲を広げている。


「さあ、帰りましょう」

「「「はい」」」


 全員の声が聞こえたのを確認し、四人は村を後にした。

 燃え盛る黒百合の花畑と村を背に、ほんの僅かに顔を出し始めた太陽に四人の姿が徐々に浮かび上がる。四人は黙ったまま、颯爽と草むらや林の中を駆け抜けていく。


 人を殺める際に生じる感情……。


 初めて人を殺した兵士の反応は泯にとって久しいものだった。

 血の匂い、はみ出る血肉に内臓、悲痛な呻き声に叫び声。

 泯も初めて人を殺した時は三日間ほど、食べたものを吐き続けた記憶がある。


「…………」


 もう、だいぶ前になる記憶を思い出しながら、泯は林の中で立ち止まった。


「さあ、着替えましょう」

「はい」


 王城へと帰る道中、四人は黒衣装を林の中で脱ぎ捨てた。

 黒服の姿では目立つことを考えて、準備していた着物を各自が手に取っていく。太陽はその姿を既に半分ほど覗かせ始めていた。


 あらかじめ用意していた着物に着替え始める四人。着替えの最中、泯の方へと自然に目が寄ってしまう三人の兵士。だが、顔の布はいつの間にか付け替えられ、胸にはさらしが巻かれていた。


 華奢ではあるが女らしくない着替え姿に、一同は肩を落としてため息を漏らした。


 三人の様子に泯は首を傾げて、

「どうしました?」

 と、尋ねたものの……。


 兵士たちは「な、なんでもありません!」と慌てて着替えを続けた。


 全員の着替えが終わり、血の付いた服をまとめて四人は王城へと向けて再出発する。

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