黒百合村の任務

第36話

 皆が寝静まった真夜中は、静寂と暗闇だけが世界を包み込んでいた。

 月は雲に姿を覆われ、微かに聞こえてくるのは鈴虫の鳴き声のみ。


「…………」


 黒百合村の近くでは、腰の丈ほどある草陰に隠れて、蝋燭の明かりを漏らす四人の人影。そこに居たのは、忍びの泯と黒い衣装に身を包んだ三人の兵士たちだった。


 全員、身元が割れないように、肌が露出しているのは、手首より先と視界を確認する為の目の部分のみである。


 泯は持っていた蝋燭を草の生えていない地面にそっと置き、四人の中心にある火を、それぞれは囲むようにして息を殺していた。


「貴方たち、準備はいい?」


 指揮を執る泯が小さい声で尋ねる。三人の兵士は口を開かない代わりに深く頷いた。

 揺らめきながら照らす火が、八つの目に同じ赤い色を映し出している。


「各家に侵入し全員を殺しなさい。始末した後は家ごと燃やし、賊がやったように仕向けます」


 兵士たちはさっきと同じ動作を泯へと繰り返した。

 最終確認を終えた四人はすっと立ち上がる。


 十軒ほど建ち並ぶ家屋に向かって、音を立てずに慎重に進んでいく。暗闇の中でも家の前には灯火があったため、四人は的確に素早く動くことが出来た。


「「「…………」」」


 全員が目の届く範囲で四つの家の前に構える。泯の合図を皮切りに、四人は黒百合村の任務を開始した――――――





 泯はまず滑りの悪い戸に油をかけ、ある程度染み込んだ所でゆっくりと扉を開けていく。泯が入った家の玄関には二つの履物が玄関に並んでいた。


 泯は慎重に居間へと向かっていく。今にも鳴りそうな床を触れるかどうかの点の動きと摺り足を交互にしながら、無音で近付いていく。


 囲炉裏のある居間の隣、開いたままの襖の向こうには、夫婦らしき村人が布団を二つ並べて寝息を立てていた。


「…………」


 枕元にゆっくりと忍び寄り、短刀を静かに取り出す。

 並んで寝ている片方の枕元へしゃがみ、まずは男に狙いを定める。


 ――――――恨んでくれるな……。


 泯は心の中で懺悔と願いを込めた。

 振り切った刃の軌跡に血痕が後を追うように付いていく。泯の放った一撃は、起きても声が出せないように喉元を切り裂いていた。


「……っ!」


 何事かと目を見開いた男は、そのまま自分の喉元を両手で押さえて混乱した。男は衝撃と恐怖にビクビクと震えが止まらず、大きく開いた瞳が泯の目を補足する。。


 二撃目は確実に息の根を絶つため、泯は短刀を心臓に突き刺した。


「っ……!」


 男は声を出せずに、ただ必死に胸元に刺された短刀を引き抜こうとする。だが、自分の死を悟ったのか。男が隣で眠る女を起こそうと、床を拳で思いっきり殴りつけた。


 力の限り、残る命の限りに、男は床を叩きつけようとするが――――――


「……」


 その最後の抵抗を泯が許すはずもなく……。泯は短刀を引き抜いて、もう一つの小刀を取り出した。男の両肩にある腱を狙い瞬時に二つの刀で切りつける。


 そうして、男の腕はだらりと床に垂れ落ちた。


 切り落とす程の力は無くとも、腱さえ切ってしまえば相手は腕を動かすことは出来ない。そのことを泯は既に心得ている。


「……貴方?」


 物音に気が付いた妻がゆっくりとその身を起こす。


「あれ、貴方……?」


 寝ぼけている様子で夫が居るであろう泯の方へと顔を向ける女。


「寝ている間に死ねたものを……」

「え?」


 聞き慣れない声に女は唖然としていた。

 その隙に、泯は女の背後へと回り喉元を切り裂く。


 血は暗くてよく見えないが、辺りには鉄臭い匂いが充満していくのが分かる。


「っ……はっ……」


 女は泣き叫ぼうとするが声が出せない。呼吸も満足に出来ない女はその場でもがき苦しんでいた。


 泯は落ち着き払い、静かに、男と同じように女の心臓に二撃目を突き刺す。

 血しぶきを首から出しながら、女は最後の力を振り絞って男に寄り添いに行った。


「……っ」


 泣くことしか叶わない女は、そのまま男と共に息を引き取った。


 泯は目を瞑って、

「……ごめんなさい」

 と、懺悔した。

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