第35話

「それで、どうしますか?」


 泯の問いかけに剛昌はしっかりと構え、

「やるしかあるまい……」

 と、呟いた。その後、間をあけてから泯へと最終的な任務を告げた。


「黒百合村破壊の任務……すまないがお前に任せる」

「はい。承知致しました」


 剛昌の一言で、泯は雰囲気をがらりと変えた。それは、兄妹という関係性ではなく、大臣と部下……。


 泯は顔に布を着け直し、鋭い殺気を身に纏いながら剛昌の前に跪いた。


「では、準備した後、出発致します」

「ああ、頼む」

「では……」


 泯が立ち上がり、颯爽と扉の方へと歩き出す。


 すると――――――


「泯玲」


 剛昌は出て行こうとする妹を、本来の名前で呼び止めた。

 懐かしい自分の名前に、泯は少しだけ驚いて兄の方へと振り返る。


「……懐かしいですね。その名前で呼ぶのは何年振りでしょうか」

「さぁな……」

「ふふっ、それもそうですね」


 部屋の中は、兄と妹、大臣と部下……という、複雑な関係が充満していく。

 僅かな間が生じた後、剛昌は泯に提案した。


「今回の任務、私も一緒に黒百合村に出向こう」

「いえ、剛昌様は残ってください」


 泯は気持ちを切り替え、剛昌の部下である忍びとして剛昌と会話をする。


「いや、お前だけを行かせるわけにはいかん。村の最後を見届けねば……」

「それは大臣として、兄として、ですか?」

「違う。汚れ仕事を部下に押し付けるのは、私の意に反するだけだ」

「この一件は表沙汰には出来ません。もし、黒百合村を壊滅させた者が剛昌様だと知られれば、それこそ一大事になりかねません」

「しかし……」

「ここは私に任せてください」

「だが……」


 剛昌の言葉に、泯は深いため息を漏らした。


「いつまで経っても、その変に優しい性格は治りませんね……」

「何?」


 剛昌は泯の呆れたような口ぶりに眉をひそめ、キリッとした瞳で見つめる。


「兄様は昔からずっと、兵士のため、民のため、私のためにと進んできました」

「そのようなことはない。私はただ、自分の道を進んできただけだ」


 泯の言葉に否定する剛昌。

 だが、泯もまた力強く毅然とした態度で言葉を返す。


「兄様がそう思っていても、その道はずっと誰かのためにあったのですよ」

「…………そんなことは、ない」


 剛昌は泯の言葉に、俯きながら目を伏せた。

 自分はそのような、誰かのために役立つような人間ではない。ただ、他の者たちが躊躇うことをやってきただけのこと……。


「兄様」

「……うん?」

「私はもう一人の忍びであり兵士です……」


 泯はそう言うと、人差し指で顔に着けた布を顎下までずらす。そして、傷痕を晒しながら、屈託のない笑顔を剛昌に向け、

「私はもう、誰かに捕まるようなか弱い女じゃありませんので大丈夫です」

 と言い切った。


「……」


 剛昌は少しだけ睨みを利かせるも、泯は笑顔で見つめ続ける。


「…………はぁ、誰に似たのやら……」


 妹の芯の強さに負けて、剛昌はふっと笑みを零していた。


「……では、お前に任せる」

「はい、行って参ります」

「ああ」

「では、任務が終わり次第、またこちらに報告に参ります」

「うむ」


 剛昌の部屋から、泯が出ていく。


 兄妹であり、師弟でもある二人の会話はぎこちない。けれど、相手のことを大事に思う気持ちは、双方どちらにも伝わっているようだった。


 妹を想う剛昌、兄に迷惑をかけまいと必死に修行と鍛錬を積んだ妹の泯玲。


 これ以降、剛昌が再び妹の正式な名前を呼ぶことはなかった。


 語らずとも、常にともに過ごしてきた二人に、無駄な会話は必要ない。大切なことは、自分たちの行動が今後のためになるかどうか。ただそれだけであった――――――

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