第29話

 来た道をまっすぐ帰る道中、泯玲は左右を林に囲まれた道を一人で走っていた。

 途中で息が上がり、呼吸を整えながら歩いている泯玲。

 その時、林の中から泯玲にぶつかるようにして男が現れた。


 頭一つ分ほど違う体格の差に、泯玲の頭は男の胸元にぶつかった。

 男はわざとらしく「おっと……」と声を発した。


 泯玲が「え……」と呆気にとられているうちに、男は背後に回り、泯玲が動けないように両腕を回してがしりと掴んだ。


「きゃっ……」

「へへっ、死体から戦利品を頂戴しようと後をつけていたら、とんだ上玉が転がってらあ」


 泯玲を襲ったのは、戦場の骸を漁るために兵士の後ろをつけていた賊だった。


「放してっ!」

「おいおい、そんなに抵抗されたら余計に興奮するじゃねえか」

「いやっ! やめて……っ!」

「……よいしょっと」


 泯玲は賊に軽々と持ち上げられ、そのまま林の中へと連れ去られていく。


「やだっ……離して……!」

「へへっ……体は華奢だが柔らかいねぇ」

「やだっ……やだっ……!」


 肩に担がれた泯玲が必死に賊の背中を殴る。

 暴れてみても力の差は歴然だった。


 無意味な抵抗を続けているうちに、賊はどんどん林の中へと進んでいく。

 泯玲は来た道がどの方向にあったのかを気にする余裕もなく……。


「この辺りなら、誰も来ねぇだろ」


 賊は林の真ん中で泯玲を下ろした、逃げられないように両足を縛り、両手を後ろに回して紐で結んだ。

 泯玲は疲労と恐怖に震え呼吸は荒れている。


「はぁ……はぁっ……」


 賊は呼吸がまだ整わない泯玲を、無理矢理その場に押し倒した。


「嬢ちゃんさ、まだ十四・五くらいかい?」


 呼吸をするのに必死だった泯玲。賊の質問が聞こえなかったのか、そのまま息を吸って吐く作業をただ繰り返す。


「いやぁ、ははは!」


 賊はその様子に悦に浸っていた。


「嬢ちゃんさ、えらいべっぴんだよなあ。幾らぐらいで売れるかなあ」


 賊がひたすら泯玲を眺める。


 中々出会えない上玉に気分が高揚し、手に入れた自分の商品をじっくりと鑑賞する。


「これだけの上玉をそのまま売るっていうのもなあ……」

「…………っ!」


 呼吸の乱れが収まりを見せ始めた頃、泯玲は硬直した。

 賊の手が頬に触れ、そのまま首筋をなぞっていく……。


「おいおい、そんなに怖がるなって、俺は怖くないぞ、むしろ優しいくらいだぜ?」

「っ……!」

「あれ、聞いてるのか?」

「……」


 賊の声はもはや泯玲には届いていなかった。

 泯玲は賊の腰にある短刀が目に映り、恐怖で震えることしかできない。


 賊は顎に手を添えながら、ニヤニヤと泯玲の身体を舐め回すように見つめていく・・・・・。


「細身で顔はべっぴん。売る前に一発やっちまおうかなあ? へっへっへ……」

「…………」


 泯玲は疲弊して身動き出来ず、ただただ恐怖で震えるのみ……。賊は鼻を近づけて泯玲の匂いを嗅いで楽しみ始めた。


「うぅ……ひぐっ……」


 見知らぬ男に、顔を触られ匂いを嗅がれ、舐めるように見られる……。

 泯玲はもう、絶望に打ちひしがれるしかできなかった……。


「だいぶしおらしくなったなあ、いいなあ、可愛いなあ、やっぱ女は若い方がいいよなあ。胸はどんなもんだ?」


 泯玲の胸へと手を伸ばす賊。泯玲はただただ涙を零すしかなかった。


「へへへ……こっちも見た目通りに小ぶり…………ん?」


 賊の指先が泯玲の胸元の布に触れようとしたその時、後ろの方からかさかさと草を踏みつける音が聞こえてきた。


「なんだなんだぁ、俺の獲物を横取りしようってか?」


 賊は自分の手柄を横取りされないよう、腰につけていた短刀を引き抜き構える。

 振り返ると、そこには一人の兵士がこちらへと歩み寄っていた。


「……貴様、ここで何をしている」


 低く唸るような、怒りの混じった声。


「ああ? 誰だあんた?」

「何をしているのかと聞いている……」


 姿を現したのは、今にも怒り狂いそうな剛昌だった。

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