兄妹の過去

第27話

 剛昌が王城へと戻る頃、すっかり日が暮れてしまい辺りはすでに夜。松明の火が王城と城下町を照らすのみ……。


「剛昌様、お帰りなさいませ」

「ああ」


 門の両脇に立っている兵士一人に馬を預け、剛昌は自室へと向かう。


「……」


 椅子に座り一息ついた剛昌。

 久しぶりの長旅に身体が疲れたのか、剛昌は知らないうちにそのまま眠ってしまっていた――――――





 明朝、剛昌は泯を呼び出した。


 剛昌の元に現れた泯は髪を後ろで一つに束ね、相変わらず顔は隠したままである。

 椅子に座る剛昌の横で、泯は跪いて剛昌からの言葉を待っていた。


「なぁ、泯よ」

「はい」

「私は何のために生きているのだろうか……」


 昨日の黒百合村での出来事を剛昌は引きずっていた。

 一度は国のためだと想い、踏ん切りをつけたつもりだった。だが、涼黒や老婆の姿が頭の中に残り続ける……。半端者は嫌いなのに、自分自身が、心のもやを振り払えない……。


「……珍しいですね」


 泯は普段見せないような弱気な剛昌の声に驚いていた。


「どうされたのですか?」


 泯からの問いかけに、剛昌は俯きながら語りだす――――――


「…………元より、戦で命を落とすつもりが、ここまで生きながらえてしまった。春桜が民の呪いによって殺されたのなら、春栄様や大臣の身にもいずれその時が訪れるだろう。私はどうなっても構わんが、あいつらが死ぬのは見たくない……」

「剛昌様……」

「残りの命、どう恨まれても惜しくはない……たとえ、亡き者たちの恨みをすべて背負うことになろうとも」


 そうして、剛昌は妹へと問いかける。


「泯、お前は付き合ってくれるか?」


 覇気の無い剛昌の声……。


 だが、泯は冷静に、

「元より、戦で潰えるはずだったのは共に同じです。それを助けてくれたのは他でもない剛昌様です。どうなろうと最後までお付き合いいたします」

 と、忠誠を尽くすことを誓った。


 剛昌とは違い、泯は力強く剛昌を見つめる。


「……小さい時からずっと、苦労をかけてすまんな」


 泯の言葉に、剛昌は兄として、素直な言葉を口にした。


 弱々しく呟く剛昌に対して、跪いていた泯は立ち上がる。

 そして、剛昌へと言葉を投げかける。


「剛昌様…………いえ、兄様がこの国を守ると決めたその時から、妹である私もまた、この国の為に尽力しようと決意しています。今更『やめろ』なんて無粋なことは言わないでくださいね」


 その空間には、「大臣と部下」、「兄と妹」という、不思議な空気が漂う。


「……はぁ」


 微笑む泯の目を見て、剛昌は深くため息を吐いた。

 そのまま、剛昌は泯へと想いを吐露していく。


「私には翠雲のような知恵がない。私には戦しかなかった……。お前はどこぞの伴侶になれる素質もあったというのに…………」

「……このこと、ですか?」


 泯は右頬に手を添えて、剛昌へと問いかけた。


「ああ……。あの時、私がもっと――――――」

「兄様」


 泯は剛昌の言葉を遮り、顔に着けていた布を手で取り去った。


 素肌を見せた泯の顔は確かに美しかった。だが、その右頬には、まっすぐ下へと伸びる刀傷が走っている。


「兄様がこのことで謝る必要などどこにありましょうか。これは私のせいです。私の勝手な行動が招いた結果です」

「いや、あの時にお前が来ないようにしていれば―――――」

「あの時は私が勝手に行っただけのこと! 兄様には関係のないことです!」

「いや、それでも私の責任だ……」


 剛昌は昔の出来事を思い出して俯いた。

 泯は剛昌へと一歩近寄り、そっと兄の肩に手を添える。


「兄様、この傷があるからこそ、私は今こうしてここに居るのです。この傷を否定することは『泯玲ミンレイ』という名前を捨てた私と、今の私を否定することになります」

「…………」


 泯の言葉に剛昌は目を瞑って口をつぐんだ。


 剛昌の心には、妹との拭い去れない過去がある―――――――

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