第25話

「さてと……、本題はここからか……」


 剛昌は村の入り口の方へと戻りながら、五軒ほど並ぶ家を眺めていた。

 涼黒の言った通り、その中から人の気配はしない。


「確か、婆さんの家は……」


 涼黒が送った家へと向かう剛昌。


「……っ」

「……」


 家の前では、先程の老婆がまるで剛昌を待っていたかのように立ち尽くしている。


「婆さん話がしたい」


 涼黒の時とは違い、威圧感を漂わせながら剛昌は問いかける。だが、老婆の反応は変わらなかった。


「みぃんな、死んじまったんだよ!」

「…………」


 剛昌はただ、狂ったように叫ぶ老婆を見下ろし続けた。


「死んじまったんだよ! みぃんな! みぃんなねぇ!」

「お主、ボケた振りをするのはなぜだ」

「あ……」


 剛昌の放った言葉に老婆は硬直した。


 口を動かすものの、先程まで出ていた声は聞こえてこない。

 老婆がなぜボケた振りをしているのかは分からないが、剛昌はそれがわざとであることを見抜いていたようだった。


「婆さん、私が最初に尋ねた時に首を横に振っただろう。質問に対して言葉にせず体で示した。しっかりこちらの言葉は理解しているんだろう」

「……」


 老婆は黙ったまま動かない。


「口もききたくないか?」

「……はぁ」


 少しだけ口調を和らげて聞く剛昌に、老婆はようやく重い口を開いた。


「……涼黒には聞かれたくない。早く中に入りなさい」


 老婆が先程の青年の名前を口にし、剛昌はしっかりと頷いた。


「そうさせてもらおう」


 老婆は静かに剛昌を家の中へと招き入れ、お茶を剛昌へと差し出す。

 しかし、剛昌は机に置かれたお茶をそっと押し返した。


「私に構う必要はない」

「毒など入っておらんから安心せい」

「いや、遠慮しておく」


 剛昌は最初のこともあり、あまり老婆を信用出来なかった。


 あの気の狂った芝居をなぜしていたのか。涼黒を気にするのはなぜなのか。

 聞きたいことが次から次へと蓄積されていく。


「まあ、飲んでも飲まんでもどちらでもいい。それで、この国の大臣がこんな山まで何しに来たんだい」


 老婆が自然と口にした内容に剛昌は目を見開いた。


「私のことを知っていたのか」

「まぁ、無駄に長生きするもんだねえ、あんた剛昌だろう。一目見れば分かるさ」

「……」


 剛昌が驚いている間に、老婆はすらすらと言葉を並べ立てていく。


「春桜、剛昌、翠雲……それはこの国の王と右腕、左腕だ。それに、喜来キライ六郷ムゴウ陣雷ジンライ木蓮モクレン火詠ヒエイ土光孫ドコウソンも、今やこの国の大臣、英雄たちさね」

「随分と詳しいのだな」

「そりゃ戦しか頭の無い奴らのことはよう覚えとる。あんたたちがどこで誰を殺したのか、覚えていなくてもね」

「……」


 皮肉めいた老婆の言葉に、剛昌は言い返す言葉も無かった。


「怒ったか? 殺すならいつでも殺してええからのう。わたしゃあこんなに死ねんとは思ってなかったわい」

「ごほん……それより、死者の夢の話について聞きたい。なにか知っているのだろう?」


 剛昌は真剣な眼差しで老婆の方をまじまじと見つめた。


「ふむ、まあ、そんなことだとは思っていたがのう。あんたはそれを聞いてどうするんだい?」

「其方には関係あるまい」

「関係あるさ。噂になってるここにあんたが来たってことは、状況によってはこの村ごと消すつもりなんじゃろう」

「それは……」


 言葉を詰まらせながら目を逸らす剛昌の様子に、老婆はふっと薄ら笑いを浮かべる。


「図星か……。まあ、話す気も無いし、殺すなら殺せばいい。あんたに、あんたらに、私らの苦しみは分からんさ」

「…………」


 力によって解決してきた剛昌と、その下敷きにされた村人……。

 重苦しい雰囲気に、呼吸を忘れそうになる。


「………………」


 今度は逆に剛昌が黙ったまま、時間が流れていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る