第23話

「ん、なんだ?」

「おっちゃんみたいな立派そうな人がなんしに来たん?」

「私が立派に見えるか?」

「そりゃ服も汚れてないし、雰囲気が『偉いぞぉ』って言っちょうよ」

「ふっ……まぁ、商人や百姓には見えんな」


 剛昌は自分の服装を確認しながら青年に問いかけると、青年は笑って剛昌に言い返した。


「見えん見えん、それで商人とか百姓って言いよったら嘘つき言われよーよ」


 剛昌が珍しく、ふっと口元を緩ませる。


「あと、そんな背筋まっすぐしよる人間こんな村来んけぇ。違和感しかなかよ」


 そう言ってはにかむ青年に、剛昌は気になっていたことを言葉を詰まらせながら述べた。


「言っていいのか分からんが、その、だいぶ言葉が違うのだな」

「ああ、これなぁ。ちゃんと教えてもらっちょらんから、色んな人の言葉が混ざりよんよね。やっぱおかしいかぁ……」


 青年は少し残念そうにしながらため息をついた。


 青年の言葉は確かに分かりにくい。だが、剛昌は自分の言葉よりもなにか暖かがあるような気がして、

「人間らしくていいじゃないか」

 剛昌は頬を緩ませて呟いた。


 青年は剛昌の言葉に少しだけ嬉しそうな表情を浮かべる。


「ほんと?」

「うむ、私は嘘はつかない」

「そっかそっか、これはこれでええんやね!」

「ふっ……」


 ボロボロの家と青年の純粋さに、剛昌は懐かしい気持ちに駆られていた。

 昔、泯と兄妹として会話をしていた時のことを思い返して……。


「……」


 ただ、もうあの時の関係に戻ることは出来ないことに、剛昌は一瞬だけ悲しげに俯いた。


「おっちゃん、どした?」

「……いや、なんでもない」


 剛昌は自然と態勢を崩して青年に問いかける。


「お前の名は何という?」

涼黒リョウコクって言うんだ」

「涼黒か。私の名前は剛昌だ」

「剛昌かぁ、おっちゃんの名前ばなんだか強そうじゃね!」

「ふっ、名前に釣り合わんだろう」

「いやいや、雰囲気出ちょるよ。こう、なんか『強いぞー』みたいな」


 青年が剣を構える姿を模して屈強さを表現すると、剛昌はただただ微笑んでいた。

 争い続けては敵を斬り伏せ、春桜や仲間と共に歩んできた剛昌。


 そのおかげで平和に暮らせる今がある。しかし、死んでいった者たちは二度と会うことはない。


 剛昌は敵の屍も仲間の屍も、生きている者たちの命運も背負って生きている。

 それは、独りで背負うには、あまりにも多すぎる……。



 貧民と大臣が、山村の一室で他愛ない会話をする。


 この時すでに、剛昌はこの一件が終われば大臣の座を退くことを決心していた。

 涼黒は剛昌の気持ちも知らず、積もりに積もった自分の話を延々と話していく――――


「――――――んだらそん時、こう、ぐわぁって鶏が暴れてさ! 生きもん殺すんもてぇへんなんだなぁって思ったんよ」


 身振り手振りで楽しそうに話す涼黒の声に耳を傾けながら、剛昌も心から和んでいた。

 だがしかし、村の入り口で出会った老婆がふと脳裏をよぎり……、ここに来た目的を涼黒に問いかけた。


「涼黒よ、少しだけよいか?」

「……ん、ええよ、どうしちゃー?」


 涼黒は満足したのか。両足を前に放り出し、上半身を支えるように手へと床についた。


「お主は、その……死者の夢を見たことがあるか?」

「……」


 その質問に涼黒の動きがぴたりと止まった。


「……おっちゃん、どこでその話聞いたん?」

「百姓たちが話していてな。どんなものかと試しに来てみたのだが……」

「うーん……」


 涼黒はあぐらをかいて腕を組む。


 普段ならば睨みつけて、話を引き出すのが剛昌のやり方。

 だが、春栄と重ねてしまって情が移ったのか、剛昌は優しく涼黒に問いかけた。


「やはりなにか知っているのか」

「……」


 涼黒は腕を組んだまま、口を一文字に。


「……うーん、直接見てないけん分からんけど、大人がそんな話しちょったかなぁ」

「本当か?」


 剛昌の眉がぴくりと動く。


 涼黒は剛昌の目を見ながら、

「なんか夢ん中に死体がわーって出てくる話じゃろ?」

 と、問いかけた。

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