第22話
「おーいおっちゃーん! お待たせー!」
しばらくして青年は走って剛昌の元へと戻ってきた。
「大人たちさ今出払っちょるけんなぁ、とりあえずば、俺んちでゆっくりしちゅうか?」
聞き慣れない言葉に剛昌は自分の言葉で聞き返す。
「あー……お前の家に行っていいということか?」
「構わんよー、ってゆうても特になんもないけんどねー」
「そうか、では少し寄らせて貰おう」
「俺んちばこっちじゃけぇ!」
駆けていく青年が、振り返りながら手を振る。
剛昌は老婆のことや青年に対して少しだけ不安な思いを抱いていたが、とりあえずは話の通じる彼についていくことにした。
村の奥まで行くと畑の手前に一軒の家屋があり、その中に青年と共に剛昌が入っていく。何十年も過ごしたであろう寂れた住まいが窺える。
「邪魔するぞ」
「どーぞー、なんもないがねー」
「……」
剛昌が小さい頃、このような廃れた家に住んでいたことを思い出し、木と土が混じった壁にそっと手を当てた。
壁はさらさらと少しだけ崩れ落ちていく。
「適当に座っちょって。ちょっとば汚れてっけど、適当に拭けばどうにかなるけん」
「あ、ああ」
この領地の大臣である剛昌に気兼ねなく話しかける青年。彼はバタバタと、水場にある洗い物を片付けていた。
「水くれえしか出すもん無かなぁ……おっちゃん水のむ?」
青年が剛昌に背を向けたまま洗い立ての食器を取り出し、剛昌へとその手を向ける。
「いや、気にしないでくれ。それよりも、あの婆さんは一体なんなのだ?」
「あんの婆ちゃんは村のみんなで面倒見ちょるんよ。まあ全員って言っても十人くらいしかいねえけんど……」
「村で十人?」
家事をしながら青年が剛昌の質問に答える。
「飢饉で半分くらい死んじまってさ。生き残った人ば他ん村行きよったから、この村さほとんど残ってないんよ」
「そうか……お前の親は?」
「親も飢饉で死んじまった。今はこうして一人でやりよるんよ」
剛昌の頭の中で、春栄と青年の生い立ちが重なり、
「立ち入ったことを聞いてすまなかった」
と、剛昌は詫びを入れた。
「いや、気にせんでええんよ。振り返っても誰も戻って来んけぇ……っと、よしっ」
洗い物を終えた青年は剛昌へ近寄ると、床の上を軽く拭いてからその場へと座った。
「はぁ~、やっぱ婆ちゃんの相手、一人ですんの疲れるわぁ」
「……」
隣で微笑んでいる青年が、無理して笑っていることを剛昌は理解していた。
剛昌は心に刺さるものを拭おうと、胸元をぐっと抑え込む……。
王城でぬくぬくと過ごしている自分が情けなかった……。飢饉の時、少しでも納税を減らし民に目を向けていれば、この青年も、ほかの民も、こうして苦しむことはなかったのかもしれない。
翠雲のように、もっと周囲を見る能力があれば……。
そうして、剛昌は青年に問いかけた。
「お前は村を出ないのか?」
「まあ、この家があるけんねぇ。畑も出てった人らのん耕してたら少しば収穫できちょるけん、ここでええんよ」
「そうか……」
自分がこの青年を引き取るか……と、微かに浮かんだ案。
だが、剛昌は己が誰かを育てるということが「おこがましい」と、その言葉を吐き出さずに、腹の底へと押し込んだ。
「ところでさ」
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