黒百合村への調査
第21話
城下町の調査から数日後、準備を済ませていた剛昌は連れて行く予定だった兵士二人と、側近である泯を、城下町の警備にあたらせた。
王城を馬に乗り駆けていくのは、毅然とした剛昌の姿のみ。
「……」
野を駆け、林道を駆け、一人で馬を走らせて半日……。
そこでようやく、剛昌は山の中腹にある黒百合村へと辿り着いた。
乾いた風が頬を掠めて、山を下っていく。そよ風によって、村の周囲に咲く黒百合の花は静かにその身を揺らしていた。
「…………」
剛昌は視界に広がる花畑に、美しいという感情と、冷たく重苦しい何かを感じていた。
村の入り口と思われる場所に馬を止めて中へ入る。すると、馬の鳴き声に気が付いたのか、一番手前の家から老婆がゆっくりと現れた。
剛昌は老婆に近寄って声を掛ける。
「すまん、つかぬことを聞くが村長はおられるか?」
老婆はただ首を横に振った。
「他は誰が居るのか教えて――――――」
剛昌の言葉を遮り老婆は叫んだ。
「みぃんな、飢えて死んだ! 村長も若いのも夫婦も! みぃんな死んじまったよ!」
怒鳴るような大きい声に剛昌は鬱陶しそうに耳を遠ざける。
老婆の声が静まったあと、再の丁寧かつ冷静に、
「新しい村長も居ないのか?」
と剛昌は質問した。
「あい?」
「だから、新しい村長も居ないのかと聞いて――――――」
「みぃんな死んじまったって言ったじゃろうがぁ!」
「少し落ち着いて話を――――――」
「だぁかぁらぁ!」
「まあ待て……そう叫ばれてはうるさくてかなわん……」
話にならないと感じた剛昌はどうにか興奮している老婆を止めようとする。だが、喚き散らす老婆に剛昌は四苦八苦するだけ……。
「あー! ばっちゃん! なんしよっとか!」
「……?」
剛昌が老婆に対して苛々が膨れかけたその時、村の奥から走ってくる姿が剛昌の視界に映りこむ。
「ちょっと婆ちゃん! 何しよんね! 静かにしっちゃーよ!」
走り寄って来たのは、春栄とさほど年の変わらないであろう細身の若い青年だった。
着物の袖から出ている手足は女性のように細く、皮と骨だけのようにも見える。
「もー、婆ちゃん、知らない人に絡むんやめぇよ……」
「……」
青年の言葉に、老婆はその口をゆっくりと閉じていた。
「もー、目ぇ離したらすぐこれじゃけぇ嫌なんじゃ……。あれ、おっちゃん見ぃひん顔やね、こんなところでなんしよんの?」
「え……あ……」
青年のしゃべり方に、剛昌の口が不自然に動く。
王城に住む者の顔など見たことが無いのだろう。
青年は何食わぬ顔で大臣である剛昌に話しかけた。
「ご、ごほん……私は王城から来た――――――」
「みぃんな、王さんが殺したんじゃぁ!」
剛昌の声に反応するように老婆が暴れ出す。
「婆ちゃん! 静かーしょってゆうに! ほら、大丈夫じゃけぇ」
青年が老婆を抑えなだめる姿に、剛昌は少しだけ戸惑っていた。
「(これでは話にならない……)」
戦で見てきた光景とは違い、話したい相手に話が通じないもどかしさを、剛昌はひしひしと感じていた。
「ほら、大丈夫じゃろ? おっちゃんの顔ば怖いけんど襲ってこんけぇ」
「……」
青年の訛りにも違和感を感じ、剛昌は半歩後ろへと下がる。
「……あまり立ち入らない方がよかったか?」
老婆に話しかけず、まだ話が成立しそうな青年に問いかける剛昌。
「いんやだいじょぶだいじょぶ、婆ちゃん最近ボケちまってさ。けぇるよ婆ちゃん! おっちゃん、ちょっとば待っといてくれん?」
「あ、ああ……」
「ほら、婆ちゃんこっち!」
「嫌じゃ!」
「わがまま言わんと、ほらこっちじゃけ。なんもないから家さ戻りなって」
「…………」
青年が老婆を家まで送り帰すのを待ちながら剛昌は周囲を見渡していた。
人の気配も無く、しんとした空気が漂う。
昼でなければ廃村ではないかと思える程に、この村は荒んでいた。
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