第20話

「……」


 剛昌は大事な手記をしっかりと携えて自室に戻ると、春桜の手記に目を通していく。


「………………っ!」


 最後から数枚に及ぶ直近の内容に、剛昌は驚きを隠せなかった。


 手記には、こう書かれている。



『飢饉が起こり、私の知る限りでも民の約三割が死んでいった。調査に出た兵士たちは各村で死人の束を見てきたと言う……。これは誰のせいでもない。ここまで死人が増えたのは私の責任だ。翠雲の策でようやく落ち着きを見せたものの、最終的に死者の数は全数の四割か五割に達するだろう。私が死者の数を気にするなど、死ぬまで誰にも言えない。死んでいった民には大変申し訳なく思う……。』


『一ヶ月くらい前からだろうか、死んだ者たちの夢を時々見るようになった。最近はその人数も増え続け、夢の中で私の身体は死者たちに掴まれ埋まっていく。「助けて」と呼ぶその声に対して、私はなにも出来ずにただ埋もれていく……。こんな世迷言、誰も聞くまい……。』


『死者の手がとうとう首に絡みついてくるようになった。目覚めは最悪で、戦って人を殺していた当時よりも後味が悪い……。不気味だが、一国の王がこのような事を口にするものではないだろう。それこそ息子や大臣たちに示しがつかなくなる……。』

『寝不足になったことを隠し続けていたが、とうとう剛昌に悟られてしまった。口止めしたため、他の者たちに伝えることはないだろう。あいつは義理堅い男だ。このまま私が死んでも、翠雲と剛昌、他の大臣たちが居れば、春栄は問題ない。この国は安泰だ。』


『死者の手がしっかりと私の首を絞めつけた。夢の中で気を失うと、現実へと引き戻された。もう何日もきちんとした睡眠をとれていない。これも民を見捨てた罪、罰なのだろう。息子や大臣たちに影響が出ていなければいいが……。』


『首に絞められた痕があることに気付き、私は何となく理解した。私がこの世に居るのは死者たちにとって気分が悪いらしい。そうだ、海宝が次に来た時、あの時の事を謝らねばならん。「飢饉で民が苦しんでいる……」という、あの言葉に耳を傾けていれば、私は許されていたのだろうか。』


『身体が食事を受け付けない……。食べても吐き気がして戻してしまうようになった……。吐いたものには少し血が混じっているようにも見える。そろそろあちらの世界へ連れて行かれるのかもしれない。いや駄目だ、私がしっかりせねば……。まだ、私は春栄になにも教えられていない……。』


『皆の前では平静を装っても悪寒が止まらない……。夢の中で目を潰され、鼻や耳を噛み千切られ首を絞められる。もう睡眠をとりたくないのに睡魔が繰り返し襲ってくる。睡魔の後に待ち受けるのは悪夢であり、私が見捨ててきた民たち■……。最近では首に血■■が残っている。民に殺されるのな■■方がない。』


『殺■■ら俺だけ■■てくれ……春栄や仲■■は手を■さないでく………………』


 後半、手記は飛び散った血に汚れて見えなくなっていた。

 剛昌も目を凝らして見たが、文字の字体も潰れてしまい読むことは出来なかった。


「最後はまともに読めないか……」


 開いたページに手をそっと置き、剛昌は考えた。翠雲はこの事を知っているだろうか、と。

 いや、あいつがこれを見たら私に渡る前にこの手記自体をどこかに隠していただろう。多分だが、春桜様は息子である春栄様にこれを見られることを望まない。知られたくはないはずだ。


「……」


 剛昌は手記をぱらぱらと捲りながら、春栄に返却することを先延ばしにしようと決意した。


「ん……?」


 閉じようとした手記の最後のページに走り書きがあるのが見え、剛昌は再び手記を開いた。


『夢の中で見たのは山、黒百合の咲く場所……。』


 春桜がいつ書いたのかは分からない。だが、確実にそれは春桜の死に関係している。

 剛昌の直感がそう告げていた。


「黒百合……か。呪いの咲く場所とは、何とも不気味なものだ……」





 次の日、剛昌は手記を持って春栄の元へと再び訪れた。それは、手記を少しの間だけ預からせてほしいと言うため。


 春栄は特に気にする様子もなく、微笑みながら剛昌の頼みを了承した。


「ええ、構いませんよ。剛昌さんなら父上も問題ないと思います」

「ありがとうございます。あと、立て続けに申し訳ないのですが、春栄様にお願いが御座います」


 剛昌は春栄に「村の調査」ということで、外に出る許可を願い出た。





 そうして、城下町で噂を集めた後、剛昌は黒百合村へと向かうことにしたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る