第19話

「そ、それにしても、父上の手記などどうするのですか?」

「ああいえ、少し気になることがありまして……」


 春桜の死について調べているとは言えず、剛昌は言葉を濁らせる。


「気になることとは?」

「いえ、春桜様が最後になにか残してはいないかと思いまして」


 剛昌のその場しのぎの台詞。

 しかし、その言葉によって春栄はわずかに目線を下に落とした。


「そうでしたか……。私も、見た方が良いのでしょうか……父上の、その、死ぬ前の最後の言葉などを……」

「春栄様……」


 みるみる元気を失くしていく春栄に、剛昌は跪いて謝罪した。


「辛いことを思い出させてしまい申し訳ありません……」

「いえいえ! そんなに謝らないでください! 頭を上げてください!」

「いや、春栄様のお気持ちも考えず、ずけずけと要らぬことを……」

「大丈夫です」


 春栄がそっと、剛昌の前に片膝を着く。


「それよりも、なにか分かったことがあれば、私にも教えてくださいね」

「はっ、かたじけない……」


 深々と頭を下げる剛昌に対して、春栄は微笑みながらも少し戸惑いを見せていた。


「あはは、剛昌さんにかしこまられると、なんだか変な感じですね」

「……そうでしょうか?」

「ええ、そうですとも。だって、剛昌さんは父上に並ぶと言われた武人、そのような方に頭を下げられると、私は地面に顔を埋めなければなりません」


 微笑みながら、場を和ませようとした春栄の言葉。その言い回しに、どこか似た者の姿が、剛昌の脳裏をよぎっていく。


「そのようなことはありません……春桜様に並ぶほど、私は武を極めてはおりませぬ故」

「いえ、父上が仰っていたのですから間違いありません」

「春桜様が……?」

「ええ。剛昌さんは『頑固で粗暴に見えるが、人一倍、仲間を想う私に並ぶ武人だ』って、父上が」


 なぜか自分のことのように誇らしく言った春栄。

 その言葉に、剛昌の胸はぐっと握りしめられるような感覚を覚えていた。


「……」


 言い出す言葉も浮かばないまま、剛昌はただ、

「春栄様、こちらをお借りしてもよろしいでしょうか」

 と、春栄に訊ねた。


「ええ、大丈夫です」

「ありがとうございます……」


 剛昌は春栄に謝罪などを述べてから、その場を去って行った。


 春栄も剛昌もあまり慣れていない相手……。別れたあと、お互いは同時に深くため息を漏らしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る