第18話
これは、剛昌が「呪い」に導かれるまでの少し前の話…………。
春桜の死から三週間ほど経ったある日、王城全体がようやく落ち着いた頃、剛昌は二代目国王である春栄の元を訪ねていた。
玉座に居ないことを知り、剛昌は王室の方へと向かい扉を叩いた。
「失礼致します、春栄様はいらっしゃるか」
「剛昌さん? どうぞ、空いていますから入ってください」
「では、失礼いたします……」
机の前で一人、書類に目を通している春栄が剛昌に微笑んだ。
「剛昌さんが私に会いに来るなんて珍しいですね」
若い顔に、無理強いさせた社交辞令の表情。
その身に背負う重みを理解している春栄は、寝る間も惜しんで書類を読み漁り、その目の下に黒いシミを浮かび上がらせている。
「春栄様、春桜様のことでお話があるのですが、よろしいですか?」
「父上のこと、ですか?」
剛昌の問いかけに、使いすぎて錆びついた頭が傾いた。
「はい、なにか春桜様の手記などがあれば拝見させて頂けないかと思いまして……」
「父上の手記ですか……少し待ってくださいね」
春栄は部屋の隅にまとめていた春桜の遺品の中を探し始めた。
「いや、春栄様」
「……はい?」
己の願い、己の問題で春栄を動かしたことに、剛昌は心の中で自責の念に駆られた。
「春栄様のお手を煩わせるわけにはいきませぬ故、私が探してもよろしいでしょうか?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。大体場所は覚えているので……確かこの辺りに……」
亡くなった親の遺品を漁らせることに、剛昌の良心がギスギスと絞めつけられていく。
「忙しいところを申し訳ない……」
「気にしないでください。剛昌さんと翠雲さんは父上に一番近しい二人だったのですから、これくらいはやらせてください」
春栄の微笑は、とても子どもとは思えないほど、ひきつった口角をしていた。
「……」
「えっと、確かこの辺りにあったと思うのですが……」
「…………」
剛昌は手記を探す春栄の後ろ姿を、王であった春桜と見比べていた。
春栄はまだ、人を斬り捨てるという行為をしたことがない。それを教えてもいない。
この優しさはいつか弱点になるだろう……と、剛昌は思いにふける。
いくら賢く、民のためを思う国王を目指したとしても、隙や弱点があればすぐに崩れ去ってしまう。
翠雲の目指す国王がどのような結果になるのか、やってみなければ分からない。だが、そのやり方には、屈強な支えがあってこそ出来る統治の仕方。
我々が消えた後、春栄様だけになった時に、この国はどうなるのか……。
「……」
いや、だからこそ……、この身は春栄様の為に尽力する。厳しいと思われる出来事はとうに過ぎ去った。今、自分にできることをする。
仮に翠雲や春栄様の目指す国が理想郷のようなものだとしても、この身は忠誠を誓う。
「あっ、剛昌さん、ありましたよ!」
春栄は剛昌の方へと歩いて手記を渡した。
「かたじけない……」
「いえいえ、剛昌さんのお願いなら断れませんよ」
「お言葉、胸に沁みます……」
敬意をもって接する剛昌に、春栄は「あはは……」と頬をかいた。
「そんなに身構えられると、私も緊張してしまいますから、もっとゆったりとしてください」
「いえ、そのようなことは出来ません。春栄様はこの国の王でありますから、威厳ある姿を持ってください」
「あはは……、なかなか父上のようにはなれませんよ」
「いえ、春栄様ならきっと、春桜様にも勝る国王になられる」
「……」
剛昌の率直な言葉に、春栄が口を開けて固まってしまった。
「春栄様?」
「……あ、ああ、すみません。まさか、剛昌さんにそう言って頂けると思っていなくて……」
照れくさそうに笑う春栄。
一方で、剛昌は本音を漏らしてしまったことに、少し恥ずかしさを滲ませている。
なんともいえない空気が、二人の間に流れた。
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