第17話

「…………」


 王城への帰り道、剛昌の後ろを歩いていた兵士が、先程の会話が気になったのか、剛昌へと躊躇いながら話しかける。


「あの、剛昌様……不躾ながら質問してもよろしいでしょうか……?」

「なんだ?」

「聞いていいものなのか分かりませんが……先程の話は一体……?」

「気にしなくてもよい。ただ私が気になっただけのこと。他言無用で頼む」

「……」


 人間たるもの、「気にするな」と言われると余計に気になってしまう。


「……っ!」


 続きを聞こうと声を発そうとした兵士は、横を歩いていた兵士に口元を手で塞がれた。


 兵士は横目で発言を止めた相手の顔を見つめる。

 すると、「やめろ」と言わんばかりに睨むその雰囲気に、口を押さえられた兵士は「解った」と、片手で小さく合図を送った。


「…………」


 その後、王城へと辿り着くまで、誰一人として口を開くことはなかった――――――





 王城へと戻った剛昌は二人の兵士を兵舎へと帰し自室へ入ると、散らかしたままの机の上の書類を端へと寄せた。


 書類を取り除いた机には、少し汚れた手記が置かれていた。


 その薄汚れた手記を手に、

「……春桜様」

 と、剛昌が小さく声を出す。


 剛昌の開いたページには血が付着しており、剛昌はただただその文字を見つめるのみ。


 すべてのページをパラパラとめくり、手記は片手で閉じられた。

 パタン……という音が部屋にわずかに反響する。


「黒百合、か……。なんとも不吉な名だ……」


 黒百合の花言葉は「呪い」を意味する。


 剛昌の手にしていた手記は春桜の持ち物……。


 春桜の手記の内容、春桜の死後の噂話……、呪いの意味する村……。


「やはり……。いや……そんなバカなことがあるものか……」


 剛昌が頭の中で思い浮かんだ結果に対して、自問自答を口にする。


「ふむ…………」


 剛昌は春桜が死んでからというもの、ずっと春桜の死について調べ続けていた。

 春桜は特に体調が悪かったわけでもない。ところが、亡くなる一週間ほど前から憔悴していたことを、剛昌だけは気にかけていた。


 春桜にそのことを尋ねるも否定され、「誰にも言うな」と口止めをされてしまったことで、信頼のおける翠雲にも言えず仕舞いとなっていた……。


「……」


 剛昌の頭の中では、あまり想像したくない思考が浮かび上がっていく。


 春桜の亡くなる少し前、翠雲は王城を出て休養をとった。己が春桜の死と無縁であるという証拠があるという状態……。頭の切れる翠雲ならばあり得ること……。


 翠雲が裏で動いていた可能性は捨てがたい。それに加え、他の大臣の中に裏切り者が居るかもしれない。

 春桜へ毒を盛った可能性も……。


 考え難いことだが、戦友の裏切りという可能性は大いにある……。

 数々の戦場、村々では、裏切りなど至極当然。己が生き残るためなら、他者を斬り捨てても構わない。

 この世界はそうした上に成り立っている……。


「……」


 誰かに頼るくらいならば、自分自身の手で解決する……。


 こうして剛昌が思案した結果、一人で春桜の身の回りを調べ続けることにしたのであった。

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