第15話

「ゴホン……褒めたのではない、事実を述べただけだ」

「ふふっ、そういうことにしておきましょう。……では、ここで。貴方は春栄様と顔を合わせなくていいのですか?」

「ああ、お前だけの方が春栄様も話しやすいだろう。面倒な立場はお前に任せる」


 歩みを止めた翠雲を背に、剛昌は振り返らず手を上げて、そのまま立ち去って行った。


「本当にあの人は不器用な人ですね……」


 その場を後にする剛昌の後ろ姿を見送りながら翠雲はそう呟いた。

 実力があるにも関わらず主役になることを嫌い、代わりに縁の下の力持ちとして踏ん張り続けてきた剛昌。


 先程、彼があの場で他の大臣たちを威圧してくれなければ、春栄様への不満は一掃できなかった。


「…………」


 剛昌が兵士を束ねてくれるのなら、私は、春栄様が民を束ねられる国に変えようと、翠雲は心に誓うのであった。


「――――…………」


 剛昌もまた、自分には出来ないであろう内政を翠雲へと一任し、それぞれがお互いに支え合うことを暗黙の了解とした。





 翠雲がそっと玉座へと繋ぐ扉を開ける。


「春栄様、失礼致します」

「ああ、翠雲さ――」

「あ! 翠兄さんではありませんか!」


 春栄の横に立っていたのは翠雲の義弟である陸奏だった。


「陸奏、海宝殿の所はもういいのかい?」

「はい、海宝様には伝えていますので! それよりも春栄が心配で来てしまいました……」


 頬をかいて「あはは……」と躊躇いつつ笑う陸奏の姿に、翠雲は心の中では微笑みながらも、咳払いをして陸奏を注意した。


「陸奏、春栄様といくら仲良しとはいえ、春栄様はもう王になる方だ。もうちょっと礼儀をわきまえなさい」

「大丈夫です!」

「大丈夫です、じゃない」


 翠雲が少しだけ睨むと、陸奏は座っている春栄を立たせてその背後に隠れた。


「大丈夫です!」

「王を盾にするなんて……兵士や大臣が見たら処刑されるぞ……」


 二人のやり取りに、眺めていただけの春栄が、

「いいのです翠雲さん。むしろ陸奏のような接し方が今は一番嬉しいです」

 と、陸奏を庇う。


「春栄様が良いと言うなら構いませんが……」


 翠雲が歯切れの悪い返事を返す。

 先刻訪れた時とは違い、落ち着いて笑みを浮かべる春栄の姿に、翠雲は内心ホッと胸を撫で下ろしていた。


「春栄様は許しているけれど、陸奏、他の者が居る時はきちんとするように」

「はい!」

「はぁ……返事だけは一人前だな……ああ、そうだ、それよりも春栄様、お話したいことがございます」

「翠雲さんも、様は付けなくて構いませんよ」


 春栄は遠慮がちに翠雲へと言葉を掛けた。


「いえ、私は大臣という立場ですので、私がそれをしてしまうと他の者たちに示しがつかないでしょう」

「……あはは、そう、ですよね……」


 少し落ち込みながらも、きちんと微笑みを崩さないように耐える春栄の姿は、少しだけ痛々しく見えた。


「……翠兄さんは頭が硬いです」


 陸奏が小さい声で優しく反論する。


「陸奏が柔らかすぎる」


 陸奏の頭を鷲掴みにしながら撫でる翠雲。

 その姿に、春栄は微笑みながら、実際に自分にも兄弟がいれば、このような親しい関係だったのかと考えていた。


「ちょっと翠兄さん止めてくださいって……春栄も何か言ってください!」

「あははっ、二人とも楽しそうで何よりです」

「そんな……んな! 翠兄さん、そんなにしたら禿げます!」

「どうせ丸刈りにするならいいだろう」

「禿げることと丸刈りは違います!」

「どっちも一緒じゃないのか……」

「翠兄さんは分かってないです! ね、春栄!」


 突如、話を振られた春栄が困った様子で二人の顔を見る。

 春栄は陸奏の頭をじっと見つめて観察する。


「いや、ごめんなさい、違いが分からないです……」

「えぇ……」


 肩を落として落ち込む陸奏の姿を二人は静かに見つめる。


「……ふふっ」

「あははっ」


 陸奏のコロコロ変わる表情に二人は声を出して笑った。

 急に笑い出した二人に対して、今度は陸奏が困惑しながら二人の顔を交互に見つめた。


「え、何! 何ですか!」

「いや、何も」

「はい、何もないです」


 小さく笑う二人に拗ねる陸奏。


「翠兄さんも春栄もひどいです!」


 その後、三人は和気藹々と過ごしていたが、一足先に陸奏はその場を去り、春栄と翠雲は今後の国の方針について話を進めていった。

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