第14話

「……」


 さすがに無理かと翠雲が気を抜いた時、剛昌は立ち上がった。


 翠雲は怯んだまま成す術もなく、目前に立つ剛昌をまじまじと見つめた。

 翠雲の肩が、剛昌によって力強く掴まれる。


「政治のことは春栄様とお前に任せる。ただ、私は納得出来ないことには異論を立てる、いいな?」

「え、ええ……」

「お前以外の大臣は、俺も含め民の為に動くような人間ではない。だから、なんだ……、外堀は任せておけ。お前はこの国の内側を……春栄様を守ってくれればいい」


 剛昌の嘘偽りのない眼差しと気迫に怯みつつも、翠雲は心の奥底でホッとしていた。


「ふっ……貴方がその役目を担ってくれるなら、こんなに心強いことはありませんね」

「春桜様の右腕、剛昌、春栄様が国王ということに一切の異論は無い」

「ありがとうございます」

「自分も、出来ることがあるなら尽力致します。なにかあれば頼ってください」


 声を上げてくれたのは火詠という、翠雲の下で部下だった元兵士長だった。


「ありがとうございます……」

「ふっ、翠雲にありがとうと言われても本心かどうか分からんな」


 剛昌は腕を組み、嫌味を漏らしては怪訝な顔をしているが、どことなく、その奥には優しさが滲み出ているようにも見えた。


 大臣たちの話し合いが終わり、全員が解散した後、翠雲が春栄の元へと向かう道中……。


「「……」」


 その隣を剛昌も歩いていた。

 剛昌と翠雲、春桜の右腕と左腕が並び歩くその様は、他を寄せ付けない圧倒的な雰囲気を放っていた。


「剛昌、あなたはいつも不器用な振りをするから疲れます……」


 少しだけ口角を緩めて話す翠雲の言葉に、剛昌は無表情のまま、突っぱねるように言い返した。


「何のことかさっぱり分らんな」


 二人は一定の速度で歩き続ける。


「……あなたは、私よりも春桜様に近い存在だった」

「そんなことはない」

「いや、貴方はずっと前から本当の実力を隠している。そうでしょう?」


 剛昌の顔を見ながら翠雲が問いかける。


「私にはこのくらいが丁度いい。頂点に立つなど身の丈に合っていない」

「それはつまり、本気を出せば春桜様に並ぶということでしょう」

「ふっ……、それはないな」

「何故ですか?」

「さぁな」


 翠雲の質問に対して剛昌はのらりくらりと言葉を返し続ける。

 翠雲は答えの無い迷宮に入る前に、ため息を漏らして話をやめることにした。

 また、その場に沈黙が訪れる。


「「「…………」」」


 二人の目の前を多くの僧侶たちが歩いていた。

 翠雲と剛昌に気付き、僧侶の集団が廊下の端へと一列に並んで道を開ける。すれ違う間、僧侶たちはずっと頭を下げ続けていた。


 翠雲は一人一人丁寧に微笑み、剛昌は反対に終始不愛想だった。


「長い間、一緒に戦い抜いてきましたが、未だにお互い、腹の内は明かせませんね」

「私は隠しているつもりはない。それにしても翠雲、今日はやけに話しかけてくるではないか」

「そう言われるとそうかもしれませんね……」

「お前が不甲斐ないと兵士たちに示しがつかん」

「それはそうですが……」


 翠雲はそこで一度口を閉じて、再び重たげに語り始める。


「春桜様が亡くなってしまい、大切な何かが抜け落ちたような、そんな気がしませんか?」

「私はお前じゃない。私に聞くな」

「……それもそうですね」


 剛昌の端的な返事に微笑えむ翠雲は、真剣な眼差しで剛昌を見つめた。


「あの最後の戦、貴方が一時撤退などしていなければ今頃は――――――」

「私の命はこの国と春桜様に捧げた。残る命は二代目の春栄様と民の為にある。ただそれだけだ」


 翠雲の言葉を遮り、剛昌は先に返答した。


「本当にそれだけですか?」

「それ以外に何があるというのだ」


 不器用ながらも、春栄と民のことを想う剛昌の気持ちに、翠雲は小さく笑った。


「私も一兵士のままでしたら貴方に憧れていたでしょうね」

「ふっ、それこそありえんな」

「いやいや、人生はいつ、何処で、どうなるか分からないものですよ」

「お前程の切れ者が万年雑兵の役目を担っていたのなら、この国は元々存在していない」

「……っ」


 あまり驚かない翠雲だが、この時ばかりは剛昌の言葉に目を丸くした。


「貴方が私を褒めるとは珍しいですね……」


 翠雲の返事に剛昌は咳き込み、その姿を見て翠雲は再び笑みを浮かべる。

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