第13話
にっこりと笑う翠雲とは逆に、大臣たちは剛昌を除いて目を丸くした。
開いた口が塞がらない大臣たちの隣で、剛昌が翠雲へと問いかける。
「春桜様が作った国が滅んでもいいというのか……?」
「さあ、滅ぶか栄えるか、どうなるのでしょうね」
睨み付ける剛昌と微笑む翠雲はお互いに目を向けていた。
火花が散りそうなその光景に、他の大臣たちは息を飲むしかなかった。
「……翠雲、お前は春桜様が作り上げたこの国を、綱渡りで進んで行けと?」
「綱、ですか。もしかするときちんとした板の上かもしれませんよ。最初とは違って、ここには柱がありますから」
「何を戯けたことを……」
「ふふっ、それに……」
「なんだ?」
「我々の歩んできた道の方が、よほど綱渡りだったでしょう?」
「ふん……」
対照的な二人に周囲は「またか」とコソコソと話し合っていた。
こういった会話の流れは大体、翠雲に軍配が上がることを知っていた他の大臣たちは、喋ることを止めて二人の顔を交互に見つめていた。
…………。
会話の途絶えた部屋の中は静まり返る。
そして、沈黙した空間を動かしたのは、ガチャリと唐突に開いた扉だった。
「翠雲さん、剛昌さん、そこまででお願いします」
その場に居た全員の視線が一点に集中する。
そうして扉の向こうから現れたのは、静寂を身に纏ったような雰囲気の大僧正である海宝だった。
「……海宝殿が何故ここに?」
睨み合う二人も含めて、全員がその質問を口にした。
「春桜殿の弔いが終わったことを伝えにと思い、玉座に行こうと思いましたら、何やら不穏な気配がしたので立ち寄ったのです」
ふん、と剛昌は視線を外して腕を組み、翠雲は相変わらず微笑を浮かべる。
話が収まったと、他の大臣たちはようやく安堵した。
大僧正の前で言い合うことに、さすがの剛昌もためらいを覚えた、というわけではなく……。翠雲と同様、剛昌もまた礼儀と場を弁える男だった。
海宝は静かになった部屋をゆっくり見渡していく。
「では、落ち着いたようですので、私は春栄様の元へ向かいますね」
優しい声音で話す海宝が去ったあと、しばらくの間、部屋の中は静けさが漂っていた。
「…………翠雲」
空気を割って、端を発したのは翠雲と対話していた剛昌。
「はい、なんでしょうか?」
剛昌は姿勢を変えて、膝の上に手を乗せて翠雲へと話しかけた。
「お前以外は頭の固い、戦を生き残っただけのただの兵士であり堅物だ」
「……?」
「だが、大臣という器に収まったまま死に絶える程、私たちはそこまで老いてもいない」
「ええ、知っていますとも。だからこそ、私たちはここに残っています。貴方たちの強さは折り紙付きですし、一緒に戦っていた私がよく存じています」
「うむ、だからな……」
「なんでしょう?」
翠雲の眉は一瞬ヒクついた。
剛昌のことだが、実際に彼もまた翠雲とは違う奇才であり、翠雲が人々の為に周囲をまとめる統率力、「人を束ねる力」があるとするならば、剛昌は「兵士を束ねる力」を持つ者だった。
国王の亡き後、兵士の支持率の半分以上が剛昌の手中に収まっている。
「……剛昌?」
あり得ないことだが、ここで剛昌が謀反を起こせば、今までやってきたことが全て無駄になってしまう。
念のため、表情には出さないように、必死にこの場を収める方法を翠雲は模索し始めた。
一対七のようにも思える場の空気、加えてその七人は猛者揃い。
一度敵に回れば無傷では済まされない。この場を逃げることすら至難の業……。
「翠雲」
「何でしょうか、剛昌」
周囲を把握して使えそうな物を横目で探し、どのタイミングで使うのかを頭の中で何度も試行する翆雲。
戦っても逃げても、一人や二人を倒せたとしても、今後の展望がすぐに闇へと消えていく。
何度想像の中で刺し違えても、明るい未来は見えない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます