終わりの王
第10話
翠雲が休養に出て三日ほど経った頃、王城に居る春桜は春栄と二人きりで話をするために、春栄の部屋へと向かっていた。
「春栄、よいか?」
春栄の部屋に訪れた春桜が扉を開けて声をかける。
「は、はい父上、大丈夫です!」
「では失礼するぞ」
「どうしたのですか……?」
「まぁ、座れ」
「……?」
春栄が急な来訪に驚いていると、春桜の動きにぎこちなさを感じた。
二人は椅子に座り、向かい合う形となった。
「春栄」
「はい、父上」
春栄は父を見つめた。
春桜のいつも感じていた覇気が感じられない。威厳もどこかに置き忘れたのかと思えるほどに。
弱っているようなその父の姿に、少し違和感を覚えた春栄は心配に胸を捕まれていた。
「父上、大丈夫で――――」
「春栄、私はもう、多分長くはない」
机に手を置いて支えるようにして春桜が言った。
言葉を遮られた上に、春桜の口にした内容に驚きを隠せない春栄。
「なっ、何を仰っているのですか⁉」
父の言葉に驚き、春栄は立ち上がろうとするが、春桜は片手でその動きを制した。
「静かにしろ……。ここに入ってきた時、お前もなんとなく理解していたであろう」
「そんな……でもなぜ……」
「それは分からん……だが……うっ……」
春栄が言葉に詰まった時、春桜は咳き込んだ。
春桜の収まらない咳に春栄は椅子から立ち上がり、父の隣で介抱した。
「はぁはぁ……こんな姿、他の者には見せられん……なんとも哀れな姿よ」
「そんなことはありません! それよりも早く医者の所へ!」
「いや、医者に見せた所で誰も治せまい……」
「と、とりあえず立ってください。まだ起きていると思いますので行きましょう! 起きていなくても起こしますから!」
咳き込み疲れた父の腕を肩へ回そうとした。しかし、春桜はその手を振り払い、椅子に座ったまま話し始めた。
「まあ、落ち着け……。これも民を見捨ててきた罰なのだろう。飢えに苦しみ続けた民からの報いなのだ……。これは甘んじて受けるしかない……」
「父上は民を見捨ててなどおりません!」
春栄の否定を、春桜は鼻で笑った。
「春栄、私はな、何百、何千の民を見捨てて、今こうして生きているのだ……」
春桜が国王として背負ってきた命の数はあまりにも多すぎた。だが、春栄はそれでも父を擁護するように語りかける。
「全ての民を救うことは難しいことです。仕方のないことだったのでしょう?」
「……いや、救えていたであろう命を、見捨てたことに変わりはない。私は生き残れる可能性がある者たちを見捨てて生きてきたのだ」
「でも! それでも父上は、大切な民を他の国から守っていたではありませんか!」
必死に訴える春栄。その肩を春桜は強く握り締めた。
春桜が自ら背負ってきた責任の重荷のような圧力を感じ、春栄は膝から崩れ落ち沈黙した。
そうして、春桜は優しく諭すように春栄へと話しかけた。
「よいか、これから先、お前と翠雲や剛昌たちが居れば、どんな敵が来ようとも、民が苦しむ出来事があろうとも、上手く解決できるだろう。武力でしか平和をもたらせない王は次の時代には要らぬ……」
不敵に笑う春桜は再び咳き込み、誰にも見せたことの無い苦しそうな表情を浮かべた。
「ち、父上……、私はまだ未熟であります……。父上のような強さも、翠雲さんのような聡明さも、私は持ち合わせていないのです……」
涙を堪えながら物申す息子の頬を、春桜はそっと優しく撫でた。
「ふっ……既にお前は私よりも聡明だということに気付いて……おらぬのか? 未熟であることを既知とすることが、何よりもの証拠だ……。私は傲慢であった。強さ以外には何も無かった、それ以外で誰かの上に立てる方法を知らなかったのだ」
「父上は、本当はお優しい方ではありませんか……!」
頬を伝う涙がぽつぽつと落ちていく。息子の言葉に春桜は微笑を浮かべていた。
「お前は優しく器用な子だ。翠雲がお前を育てようとする意味が、ようやく理解できた気がする……良かった、この先もこの国は安泰だな……」
言い終えた春桜は、一人で立ち上がり部屋を後にしようとした。
だが、春栄は寝室まで付き添って歩こうと隣につく。
「要らぬ心配だ、早く寝るがいい」
「嫌です……」
「王の命令だ。すぐに部屋に戻って寝ろ」
「いえ……これだけは譲れません……」
真剣な春栄の表情を、息子の涙の乾かないその横顔を、目の奥に焼き付けてふっと笑う春桜。
「お前も……誰に似たのか、傲慢になったものだ……」
「立派な父を見ながら育ったのですから、当然です……」
泣きながら笑顔で言い返す春栄に、春桜は「そうであったな……」と微笑みながら小さく呟いた。
春桜の部屋の前まで付き添い、「ここで大丈夫だ」と春桜は春栄を突き放した。
咳き込み苦しそうにする春桜。その姿に春栄は心配そうに、背中にそっと手を添えようとしたが、その手は瞬時に払われた。
「……」
「…………」
二人は無言のまま、互いに納得したのか、それぞれが自分の部屋へと帰っていった。
これが最後の別れかもしれないという想いは双方が口にしないまま、二人はただ背を向け合い「また明日」と言って去っていった。
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