第9話

 本堂から出て歩いていく二人は、陸奏の部屋へと向かっていた。


「翠兄さん、王城の方は落ち着いたのですか?」

「まあ、なんとかね。堅物ばかりで無駄な時間もあったけど……陸奏の方はどうなんだい?」

「修行には励んでいます! ただ……」

「……?」


 言い終えた陸奏の表情の曇りに、翠雲は心配して理由を尋ねた。


「何か嫌なことでもあったのかい?」


 少し俯きながら歩く陸奏はしばらく黙ったまま。

 翠雲は付き添うようにして黙々と隣を歩いていた。


「……翠兄さん」

「どうしたんだい?」

「王城も町も周辺の村も、翠兄さんのおかげで落ち着きを取り戻しました。ですが、私は見ていただけで何も出来なかったです」


 己の無力さを憂い、悲しげにする陸奏が呟いた。


「今回は私が民のために動く時だっただけのこと。陸奏には、陸奏にしか出来ない役目がきっと訪れる」

「そんなこと、あるのでしょうか?」


 翠雲の励ましの言葉でも、陸奏は自信無くうなだれる。


「さあ、胸を張って歩きなさい。それでも私の弟かな?」

「うぅ……」


 涙を堪えて翠雲の顔を見つめる陸奏と、その姿に微笑み続ける翠雲。


「ふふっ、焦る必要はない。その時が来るまで、自分を磨き続ければいい」

「…………翠兄さん」


 陸奏は目に静かな闘志を燃やしながら呟いた。


「ん?」

「私は、私にしか出来ないことがあるその時まで……、修行に励むことにします!」


 力強く真直ぐ見つめる陸奏の姿に翠雲は笑う。


「ふふ、そうだね。それがいい」

「なんで笑うのですか!」

「陸奏は真直ぐで素直な子だ。その気持ちを大切に持ち続けて、海宝殿の元で修業に励むといい……ふっ……」

「翠兄さん、なんだか少し馬鹿にしていませんか?」

「ふふ、どうだろうね。さあ、そろそろ陸奏の家に着く頃かな?」

「翠兄さんはすぐにごまかしますよね……」

「そうなのかい?」


 とぼけた顔で聞き返す翠雲に、陸奏は深くため息を吐くと、翠雲よりも少しだけ前へと進んだ。


「もういいです! ほら、着きましたよ!」


 本堂から少し離れた場所に、僧侶たちが住む家々が立ち並ぶ場所があった。そのうちの一つである陸奏の家に着き、お茶を飲みながら二人は久々にゆっくりと話をし始める。


「翠兄さん、今回はいつまでこちらの方に居られるのですか?」

「さあ、仕事を任せた人が逃げるか、戦が起きる時か……、いつだろうね」

「何ですか、その曖昧な休みは……」

「春桜様には休養をとりたいと言って出てきてしまったからね。いつまでとは言ってないんだよ」


 にこにこと笑いながら話す翠雲。その言葉に、陸奏は呆れ顔で言葉を続ける。


「そのうち本気で春桜様に怒られますよ?」

「その時はその時で上手く誤魔化すさ」

「翠兄さんが道を踏み外していたら、人を騙して暮らしていそうですね……、まったく……」


 やれやれと心配する陸奏。その姿を見た翠雲は腕を組んで感慨深げに頷きながら呟く。


「あぁ、昔は私が陸奏の世話をしていたのに、こんなに大きくなって私の心配をするようになるとはね」

「昔は昔です!」

「陸奏は昔も今も変わらないさ。相変わらず優しい弟だ」

「っ……」


 陸奏のことをまじまじと見つめ、記憶を思い返しながら微笑む翠雲。


「……まあ、翠兄さんがずるいのも昔からですけどね」


 ふん、とそっぽを向きながら返事をする陸奏を見て、翠雲は大いに笑っていた。

 家族団欒を過ごしている二人は、その後も仲良く話を続けた――――――

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