第7話

「――――――では、また」

「はい! 今日はありがとうございました!」


 完全に太陽が沈み切った時間を頃合いとし、本日の教授は終わった。

 王城を後にしようとする翠雲が、城門の前で春栄に見送られる。


「翠雲、ちなみに明日も時間はありますか?」

「明日は寺の方に用事がありまして、申し訳ありません」

「寺というと海宝様の所ですか?」

「ええ、そうです」

「あ、えっと、少しだけ待っていただけますか⁉」

「……?」


 春栄は「少しだけお待ちください」と翠雲をその場に残し、一度自室へと走っていった。


 なにか海宝に渡すものがあるのだろうと、王城の入り口で壁にもたれかかっていると、すぐに春栄は戻ってきた。

 息も絶え絶えに春栄は翠雲へと手紙のようなものを差し出した。


「す、すみません……これを渡して頂きたくて……」

「海宝殿にこれを?」

「いえ、それが海宝様にではなく、陸奏という人に……」


 陸奏の名前にぴくりと眉を動かした翠雲は一瞬だけ考える。だが次の瞬間には、ハッとして嬉しそうな表情へと切り替わっていた。


「ああ、そういえば春栄様は陸奏のことをご存じでしたか!」

「あれ、翠雲も知っているのですか?」

「ええ、彼は私にとって弟のようなものですからね」


 義弟の話に、翠雲の顔が優しく微笑みだす。


「そうなのですか! 実は小さい頃から陸奏には仲良くして頂いているのです!」

「そうでしたか……、春栄様が陸奏と顔馴染みだったとは、いやはや、なんとも縁とは興味深いものです」


 翠雲は感慨深げに続けて語り始めた。


「陸奏は昔、ある村で拾った孤児でしてね。両親が死んでしまい、独りぼっちだったところを拾ったのですよ。そんな陸奏が今では海宝殿の弟子に……それも春栄様とも顔見知りだったとは」


 どこか遠くを見つめながら、嬉しそうに話す翠雲。

 優しい兄のような、わが子を想う親のようなその雰囲気に、春栄は憧憬の眼差しを向けていた。


 だが、同時に陸奏の過去を知ったことで、自身が何の苦労もせずに育ってきたことを走馬灯のように振り返っていた。


 春栄は陸奏のことを考えると、心がキュッと締め付けられるような、そんな気持ちに苛まれた。


「陸奏にそんなことがあったなんて知らなかったです……いつも明るく元気な人なのに……」

「まあ、今となっては昔話ですからお気になさらず。あ、でも、このことは陸奏にはくれぐれも内緒でお願いしますね。私が怒られてしまいますから」

「はい!」


 唇に指を当て、二人の秘密とした翠雲のその姿に、春栄は漢として、この人には生涯勝つことのできないなにかを感じた。

 翠雲は春栄から受け取った手紙を懐へとしまう。


「では、私はこれで」

「陸奏によろしくとお伝えください!」

「ふふ、承知致しました。では……」


 春栄に見送られ翠雲は自宅へと帰っていった。

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