第3話

 春桜と海宝の顔合わせから数年……。

 春桜の国だけでなく、周辺の国々も含めて、大地は干ばつに襲われた。


 作物が育たず、田畑は地割れを起こし、金品の無い、作物を納めていた民達は苦しんだ。納税が出来ないと駆り出された開拓地で鞭を打たれ、使い物にならなくなった者達は見捨てられた。


 飢えで死ぬ者たちも続出し、国はゆっくりと、気付かないうちに衰退していく。下で苦しむ者の気持ちを、上に立つ者は知らずに余生を過ごしている。


 春桜の国では、王城と城下町は納税の作物によってなんとか凌いではいたものの、それも時間の問題でしかなかった。


 武力で国を作り上げた春桜にとって、この問題を解決させるための知恵を思いつくのは至難の業である。


 大臣たちに「どうにかしろ」と命令するも、彼らもまた戦で勝ち残った者たち……。田畑のことなど知る由もなかった。


「…………」


 春桜は大臣たちを一堂に集め、この干ばつに対する対応策を出すように求めた。


「誰か、なにか思い浮かんだ者はおらぬのか」


 ………………。

 …………。


 時間だけが刻一刻と進むだけの部屋の空気はかなり重く。全員の肩にのしかかる。


「はぁ……」


 春桜の深いため息が漏れ、そのまま続けて春桜は、

「誰も思い浮かばんのか」

 と、呆れながらに呟いた。


「……春桜様、一つよろしいですか?」

翠雲スイウンか、なんだ?」


 大臣たちがひそひそと話し合う中、一人で思案していた翠雲という者が、春桜へと挙手をした。

 白を基調とした衣服がゆらりと揺れ動く。


「では…………」


 翠雲はまず、水を引くことが出来る位置の特定と、田畑の位置や水を引くための資材の準備の話を口にする。加えて、作物だけでは間に合わないことも考慮し、海まで行ける最短距離を割り出すことを伝えた。


 食料調達が継続的に、かつ、すぐにでも実践可能なものを次々と提案していく。


 周りの大臣が感心している中、春桜は、

「そこまで考えていたのなら、話しながら伝えればよかったであろう」

 と、少しだけ眉をひくつかせた。


 春桜の言葉に、翠雲は謝罪を口にする。


「すみません、話がまとまらないまま伝えるのは失礼かと思いまして……。時間を無駄にしてしまい申し訳ありませんでした」

「……まぁよい。そこまで案が出てくるならば翠雲、この問題に関してはお前にすべて任せる」

「はい、かしこまりました」


 春桜は翠雲を主軸に大臣たちを動かし、翠雲の策に乗ることにしたのであった。


 まずは、すぐに手に入る海産物の確保、調理方法による食材の日持ちを伸ばす。それと同時に、水の確保が可能な場所の特定を行い、一つの地図へとまとめていく。


 そうして二ヶ月後、山の水を引くことに成功した翠雲は、王城の近くにある複数の村に水を流した。

 作物が出来るのはまだ先になるものの、翠雲の策はどうにか成功をおさめたようだ。





 翠雲はこの働きにて、王の補佐へと昇格することを春桜から提案された。だが――――――


「その申し出は大変うれしいのですが、私は今のままで満足しています」

「今よりも数段良い暮らしが出来るというのになぜだ?」

「春桜様、ありがたいお言葉、胸中に沁みますが、私は今の暮らしで満足しております故、王の補佐役という地位はまたの機会とさせてください」

「ふむ……、まぁ無理強いするつもりはない。お前がそういうのなら、今のままでよかろう」

「ありがとうございます」


 深々と頭を下げる翠雲の姿に、春桜は肘をつき、僅かにだが睨みつけていた。


 自分に意見する者などほとんど居ない春桜は、己の言葉を否定されることを心底嫌う。しかし、共に戦場を駆け抜けてきた翠雲という男は、彼にとって大切な友……。

 苛立ちは覚えるものの、友の言葉を切り捨てるような真似はしない。


 そして、翠雲という男は、元々地位や名誉に興味を示す性格の者ではなかった。ただ、彼の才覚が、彼を大臣の地位へと至らせるには、時間など不要であった。

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