第2話
海宝が言葉を発そうとした時、玉座から真正面にある扉が勢いよく開いた。
「――――お父様ぁ!」
「しゅ、
小さな子どもとその背後にもう一人、一生懸命に追いかけている若い短髪の僧侶が、玉座の間に現れ……。
「こら、春栄様、今大事な話をしているから入ってはいけませんと何度も言ったのに…………失礼しまし…………あれ、海宝様?」
春桜の息子である春栄を抱きかかえ、場の空気の重さも感じないまま、海宝へと声をかけた人物。それは、海宝の一番弟子である陸奏という者であった。
春桜は昂っていた感情を抑え刀を納める。
「ああ、その声はやはり
優しく微笑む海宝。その頬から流れる血を見た陸奏は、心配ですぐに海宝の元に近寄った。
「か、海宝様! どうされたのですか!」
抱きかかえていた春栄を下ろすと、子どもは父である春桜の元へと走り寄っていく。
陸奏は海宝の頬に自分の袖を当て心配そうに尋ねた。
「海宝様、大丈夫ですか? 痛くありませんか……?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。少し切れただけですから」
慌てる陸奏を、海宝はそう言って優しくなだめていた。
「……海宝よ、この話はここまでだ。今日のところは帰れ」
春桜は我が子を抱きかかえ、海宝に背を向けたまま海宝に告げる。
海宝も春桜の言葉に納得したのか、
「ええ、またの機会に致しましょう」
と口にしたが、すぐに続けて口を開いていた。
「……ただ、民が飢えで苦しんでいます。どうか、その真実だけは頭の片隅にしまっておいてください」
「…………」
春桜は海宝の言葉に返事をすることはなかった。
海宝もまた、春桜の返事を聞くこともなく、弟子である陸奏と共にその場を立ち去っていった。
王城をあとにする海宝と陸奏。
弟子の陸奏は、玉座の間を出た後もずっと海宝の心配をし続けていた。
「海宝様、お身体の方は大事ありませんか……?」
心配そうに問いかける陸奏。しかし、海宝は変わらない微笑みで、弟子を安心させようとする。
「ええ、大丈夫です。それにしても、貴方があの場に来てくれて助かりましたよ」
「もう……なにがあったのか知りませんが、海宝様はもう少し、ご自分の身を大切にしてください……」
「ふふっ、すみません。……ああ、そういえば、陸奏はどうしてこちらへ?」
「……あっ」
陸奏は用事を思い出したのか、小さく声を漏らした。
「王城になにか用事でも?」
「はい……。
「それで、翠雲さんには会えたのですか?」
「いえ……結局、翠兄さんには会えませんでした……」
話しながら、陸奏が楽しそうにしたり落ち込んだりするのを見て、海宝は相変わらず優しく微笑を浮かべていた。
「ふふ、貴方らしいですね」
「ああ、海宝様! 笑わないでください! 笑うと頬の傷が開いてしまいます!」
「はっはっは、これくらい平気ですよ」
「だから笑わないで下さいと言っているではありませんか!」
「ふふっ、さあ、お寺の方へ帰りましょうか」
「もう……分かりましたから、本当に笑わないでください」
「ええ」
海宝は慌てふためく陸奏を横目に、頬から流れるこの血が、民の苦しみの解放に繋がらなかったことを無念に思いつつ、王城を後にした……。
それから暫くの間、春桜と海宝が会う機会はなく、厳しい納税が変わることはなかった。ただ、海宝との一件以来、春桜は納税の重圧を付け加えるようなことはしなかった――――――
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