第4話

「私に意見を述べる者など、お前と剛昌ゴウショウ、海宝くらいだな」


 そう呟いた春桜は微かに頬を緩ませる。


「すみません、今なにか?」

「あいや、なんでもない」


 春桜の見慣れない雰囲気に、翠雲は少しだけ首を傾げ、

「そうですか」

 と、不思議そうに返事を返した。


 春桜や他の大臣たちは、兵士・分隊長上がりという、戦うことで己の価値を見出してきた。


 一方で翠雲というこの大臣は、周囲を見ながら、常に考えて生きてきた者だった。

 人の表情や心の機微を読み取り、相手が望む行動を遂行する。


 そのまた逆、敵兵を追い込むということも、彼にとっては容易であった。


「お主程の才能の持ち主を大臣で留めておくには私とて忍びない。この国を救ったのだ。なんでも褒美を申してみよ」

「褒美、ですか……」


 言葉を詰まらせた翠雲に対して、玉座で答えを待つ春桜。

 翠雲は春桜の気が短いことを既知としている。だが、褒美という褒美が思いつかない。


 欲も無く、気が付けばこの場所に居た。大臣という地位もお金と食べ物には困らない。生きるために必要なものは、すでに手に入れている。


 そんな翠雲が強いて望むものといえば……。


「…………では、暫し休養を頂いても?」

「休養?」

「ええ」


 翠雲の申し出に呆気にとられた春桜は、しばらく動かないまま翠雲の顔を見つめた。


「そんなものでいいのか?」

「はい、ここしばらく働き詰めでしたから、少しばかり休養を頂けるなら、それが今、最も欲しい褒美でございます」


 春桜は眉をひそめ顎に手を当てて訝しんだ。


「本当にそれだけでいいのか?」

「ええ、それだけでも十分でございます」

「ふむ……」


 翠雲という男は、大臣の中でも飛びぬけて頭の回転が速い。そんな彼が、「休養を」と言うのなら、休ませないわけにはいかない。


「お前がそれで良いと言うのなら、好きなだけ休むといい」

「ありがたき幸せでございます。私の業務については後任を用意しておきますので、心配なさらず。不明な点や疑問があった時のために、紙にも記してありますから大丈夫でしょう」

「どこまでも隙の無い男よな」


 呆れ笑いを含んだ春桜の呟きに対し、翠雲は謙遜した。


「ほかに何かありますか?」

「いや、話はそれだけだ。ゆっくり休んでくれ」

「はい、ありがとうございます」

「うむ」


 こうして、春桜との話を終えた翠雲は玉座を立ち去っていくのであった。

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