第5話 4/4
「ぜんたーい、進め!」
イヤホンバイラの号令が轟き、後ろをバイラ兵たちが腿を高く上げながら二列で整然と付いてくる。最後尾の一団は大量の石と木の枝を積んだリヤカーをガタゴトと引いている。
森が開け、西日の中に剥げた小丘が現れた。以前から目を付けていた場所。その背後には鉄骨の柱で支えられた高架レールが通っている。
「よぉーし、バリケードを作れ!」
丘に登るとレールは目と鼻の先。横に並んだバイラ兵が一斉に横壁にはしごを立て掛けたその時、
「やっぱりシャトルが狙いだったんだね」
丘の砂を踏む軽やかな音とともに、青髪の男が現れた。
「げげ、祓瘴士来ちゃった」
「なんでシャトルを狙うんだ?」
ドゥエは立ち止まり、輝甲剣を抜きながら問う。
「知らねぇ。俺は幹部にやれって言われただけだ」
「そう。聞き出すこともないならさっさと終わらせよう」
じゃりりとまた砂が鳴り、お互いが構えを取った。そしてイヤホンバイラがにやりと笑う。
「へっへっへ、バイラ兵! 投石だ!」
号令と同時に周囲のバイラ兵たちが散開し、ドゥエを丸く囲んだ。彼らの傍らにはゴロゴロと積まれた石。それが八方から投擲される。
ドゥエは最大限の警戒をし、最小限の動きでその石を躱す。その動作の最中にもまた投擲、今度は輝甲剣も使って弾く。更に間髪入れず投擲がなされ、次は体を掠めた。
「どうだ、こんなに統率された動きをするバイラ兵は初めてだろ。祓瘴士対策でこの波状攻撃も睡眠学習させたんだ!」
「なるほどね。確かに面倒だ」
そう呟きながら輝械弓を地面に向けて射つ。「装身!」。
もうもうと上がる砂煙に標的の姿が隠れ、バイラ兵たちの投擲が止まる。霞んだ光が紗の中に一瞬舞って消え、砂煙が晴れたそこには青い装甲を身に付けたドゥエがいた。肩部から伸びて後ろに曲がる長い突起、その先端で光が弾ける。
「あ、居館車両。お父さんだ」
シャトルの窓から見る、夜の迫り始めた森。そこに軽金属の大箱を見つけてミレットが呟く。
あそこに国王がいる。ということはドゥエも近いはずだ。
レール周りのバイラズマを一人で片付けると宣言したドゥエ。国王の進言もありそれに任せてシャトルは予定通りに発進したが、やはりあの数の相手、大丈夫だろうか。
やがて小高い丘が現れ、その上に輝粒の明滅が見えた。
飛びくる石礫を一層鋭い先読みで躱しながら、ドゥエはイヤホンバイラに近づく。残り三歩程度の位置まで跳ね寄ろうとしたその時、
「かかったな! 喰らえぃ!」
足を付こうとした地点の土が弾ける。イヤホンバイラの手首から伸びる紐が地中を通り、着地の瞬間を狙って下から襲いかかったのだ。
空中でなら躱せまい、勝利を確信したイヤホンバイラをよそに、ドゥエの肩では突起がくるりと前を向き、先端から弾けた光がその体を逆方向に動かした。
上向きに空を切る紐付き円盤。渾身の一手を躱され見開いた目に、青髪の男の鋭い眼光が映る。
「うわぁぁぁ」
イヤホンバイラが全ての紐円盤を手首から繰り出し、周囲からの投石も合わせて攻撃が全方位を埋め尽くす。
しかし肩と足甲の突起から生まれる推進力、それに自在の足運びが合わさり、予備動作とは無関係の方向と速度で動くその体を狙い撃ちにするのは、走る稲妻を捉えるのに等しかった。
光の軌跡が瞬く間にイヤホンバイラの懐に侵入し、片手首の紐がまとめて斬り裂かれる。「ヤバイ! 俺を守れ!」の号令により投石をやめ殺到するバイラ兵。その動きはもう統率のない獣のそれに戻っていた。
彼らの合間をドゥエが駆け、光が明滅する度にその周囲で黒い瘴気が幾筋も吹き出す。靄のように立ち込るそれと溢れ返る断末魔に丘は埋め尽くされた。
右も左も分からなくなったイヤホンバイラの視界の端が青い輝きを捉え、そちらを向いた時には上半身と下半身が斬り離されていた。
丘の上は山火事のように真っ黒になり、府属祓瘴士たちが消火活動のごとくそこに向かって輝粒を照射している。
そして薄れ始めた黒の中から長身の男が歩み出てきた。その目の前には高架のレール。横を見ると、都市の遠景をバックに滲む光が迫ってきていた。
ヘッドライトを点けた都市間シャトルの先頭が轟音とともにやってきて、視界を白い巨駆が流れていく。車窓から漏れる灯りも合間にちらちらと見えて、それが最後部に至る寸前、銀髪の少年と目が合った。
シャトルはそのまま通り過ぎ、残光に照らされた青髪が風になびく。
「王属祓瘴士たる者、王家の人の夢も守らなきゃね」
白い後ろ姿は鉄軌を泳ぐように森の暗がりへと向かい、男はそれを手を振って見送った。
「あらら、結局出られちゃったわねぇ」
瘴気の世界の城、無人の王座の肘掛けにしなだれかかりながらアイアラが言った。
「なんで王女を首都に留めたかったんだ?」
マジスの質問に、鼻にかかった声で返す。
「私アンジリアの方が好きなのよ。ノアロは田舎できらーい」
「へぇ、ってことは?」
アメーバの合間から覗く目を見開いた。
「うん、そろそろ行ってみようかなって」
そう言いながら黒と紫のマーブルが揺らめくガラス玉を掲げ、愛しそうに撫でた。
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