第5話 3/4
撤退に成功したバイラ兵たちは、二列を組んで森の獣道をジョグしていた。やがて土がこんもりと盛り上がる小丘の前に辿り着き、表面に茂っている蔦の一部をかき分けると大きな穴が現れる。その中に整列しながら入っていった。
洞窟の中をしばらく進むと大空間に出る。そこでは彼らより一回り大きな異形が待っていた。
暗褐色の硬質的な皮膚にどっしりとした体、ギラギラと血走った目を持つ顔の両脇に、細かい穴が放射状に空いた円盤が付いている。
「あれ? ずいぶん減ってない?」
異形は手首の皮膚の中から穴あき円盤のミニチュア版を出す。円盤は細い線で体と繋がっていて、生きているようにうねうねと動きながら先頭のバイラ兵の耳に侵入した。
異形は耳を澄ませるような趣でふむふむと頷く。
「げげ、祓瘴士に見つかっちゃったの?」
一つ驚いた後、少し考えて顔を上げた。
「まあ作戦は今夜決行だしやるしかないか。お前ら学習台に戻れ」
そう言いながら振り向いた大空間の奥、土を成形したベッドのような台がぎっちりと並べられ、そこに仰向けで寝転がるのはバイラ兵。その数は百近い。
帰ってきたバイラ兵たちが空き台に付き、横から自動でうねうねと現れるミニチュア円盤がその耳へ入っていく。
「よし。このイヤホンバイラの睡眠学習装置でしっかり作戦を叩き込めよ」
レイオはミレットとともに駅へと戻った。そして貴賓室の椅子に座り、足を小刻みにカタカタと鳴らしている。据わった目で呪詛のような独り言を繰り返している。
「あいつらが連携行動? まさか。いやそうじゃなきゃ俺が取り逃がすなんてことが……」
「まーた始まった」
その様子にミレットは呆れた声を出し、リッチェは傍らへとカップを持っていく。
「まあまあレイオさん、お茶でも飲んで落ち着いてください」
「う、うん、ありがと」
ここで留守番していたリッチェはあの修羅場を知らず、呑気な調子にレイオもやや毒気を抜かれたようになる。
そこで貴賓室のドアが叩かれた。
訪ねてきたのは三人の男。そのうちの一人、黒い鎧の府属祓瘴士本隊・部隊長が言う。
「夜戦はあちらの方が有利です。日の出を待ってから仕掛けようと思います。本日はみなさん城へお戻りください」
「あれ? シャトルは?」
「今日は運行中止です」
ミレットの疑問に答えたのは駅長だ。
「まあいくらシャトルでもあの数だとなぁ」
シャトルは町の外を走るが、アンバーメタルを積んでいるし高速で走るため敵は容易に手を出せない。だが今回は出てきた数が桁違いだ。
「えぇ~、じゃあ出発は明日に延期とか?」
そのミレットの言葉に、三人目の男、ツナギ姿の初老が鋭い舌鋒で返した。
「はぁ? 馬鹿言っちゃいけねぇよ。この駅からシャトルを動かせないからって、他のところも全部止められるわけじゃねぇんだ。客を町の外に放置するわけにはいかないし、どこかしらで降ろすために退避線に入り繰りしなきゃなんねぇんだよ」
居丈高に言いながら、なんだかよく分からない横線と斜め線を組み合わせた表を広げる。
「それに貨物輸送も遅れた分多目に流さなきゃならないし、途中の駅で降ろした客は再開し次第優先的に運ばなきゃまずいだろ。だからダイヤの復旧はもう少し先だ。とにかく今からスジを引かねぇとよぉ……」
「いやあの申し訳ありません。ラークスはベテランの運転士なんですが、ちょっとまあその……職人肌なもので」
王家の者に対する態度に駅長が焦りながら弁解する。しかし当のラークスは素知らぬ顔、ミレットの方はというと、少ししゅんとした後笑顔を作った。
「そうですよね、国民の安全を優先してください」
そしてカートへと走り、他の者に背を向けて荷物をまとめるふりを始めた。
城の前庭に面した窓には手摺付きの花台が設置され、そこにプランターが飾られている。
その三階の窓、青髪の男が手摺の上に乗りじょうろを傾けていた。手摺は細い格子棒、そこを鼻歌混じりに平然と歩きながらプランターの土を濡らし終えると、隣の窓の手摺へとぴょんと飛び移る。
そうやって三階部分をやり終えると、大きく飛び上がって宙返りし四階の窓の手摺に移った。
五階まで全ての窓を終えたところで、下から大声が響く。
「ドゥエさ~ん」
「どうもブレンダさん! いい天気ですね」
手を振るブレンダにドゥエも大声で返事する。そして階段を降りるようにトントントンと手摺から下の手摺へ飛び移り、地面に立った。
「水やりなら侍女たちでしますのに」
「いえ、僕も花が好きなので」
にこやかな挨拶の後、ブレンダは表情を少し暗くする。
「そういえば、姫様のノアロ行きが延期らしいですよ」
「どうしてまた」
「シャトルの経路近くに大量の怪物が出たらしくて、片付くまで運休だって」
ドゥエは驚いた顔をして見せる。
「なるほど、それは残念ですね」
「ええ、姫様もやりたいことがおありだったみたいだし、私も残念です」
ブレンダが会釈して去った後、国王の執務室のあるあたりを見上げる。『祈り』に酷く疲れたその姿、そして王女の旅立ちについて語ったことを思い起こし、呟いた。
「……王の予定はどうだったかな?」
駅の貴賓室で帰りの車を待つ三人。レイオとリッチェは隣り合ってソファに座り、ミレットは少し離れた椅子で鞄の整理をしている。
鞄などほとんど触っていないので整理するものなどないはずなのだが。
「姫様可哀想に」
リッチェが声を潜めて言う。その一連の様子に疑問が湧いた。
「なんでそんなに駐留行きたがってるの?」
「担当地区を持てば王室会議で色々意見を言えるようになるんです。姫様は国の医療のために働くのが夢だって前から仰ってて。ほら、お忍びで丘の病院に訪問もしてるじゃないですか」
「え? リッチェはあれ知ってたの」
「はい。脱出する時の服とか貸したの私ですから」
「この野郎……」
隣の怒気にも気付かずリッチェは更に声を潜める。
「レイオさんが怪物やっつけるとか、無理なんですか?」
「さすがに出発時刻までにだと無理かなぁ」
ドアがまたノックされ、レイオは立ち上がる。そして一つ頭を掻いてからミレットの前へ行った。手を止めて少しぽやっとした目で見上げてくる。
「鞄、俺持つから」
手を出すとこくりと頷いて鞄を渡してくる。受け取りかけたとき、ドアが不躾に開かれる。
「やあ、見送りに来たよ」
そこには国王がにこやかな顔で立っていた。
都市間シャトルの最後尾から二両目、最も高級な寝台車両である。二つのベッドと文机、それに小さなソファと姿見まで設えられている。物置用のロフトもあり、レイオは今夜そこで寝る予定だ。このまま無事に出発できれば、だが。
「本当に大丈夫かな」
「うーん。まあ何かあったら停まれる速度で走るってラークスさんも言ってたし」
荷物を置いたリッチェも車窓の前に来て、三人で外を見る形になる。
ホームに発車を知らせる鐘の音と、ラークスの武骨なアナウンスが鳴り響く。白の巨体が鉄の軋みとともに動き出し、夕空の元に鼻面を出した。
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