第5話 旅立ちの時
第5話 1/4
赤絨毯が長い廊下に切れ目なく敷かれ、その先には鉄で装飾がなされた重厚な木の大扉がある。その両脇に直立する衛兵を除いては全く無人の道を、レイオとミレットは歩いていた。それを先導するのは法衣姿の壮年。
扉に辿り着き壮年が会釈すると、衛兵は敬礼ののち角ばった動きで回れ右をし、鉄輪をゴンゴンと鳴らした。
中から「どうぞ」と聞こえ、衛兵が力を込めて扉を押し開く。壮年は一歩踏み入れて跪き、「失礼します」と言って入っていった。二人も付いていく。
「おう来たか。ジェイド、こっちに」
謁見の間を兼ねる執務室、王座に腰掛け机に向かっていた国王がにこやかに言った。
壮年の男、王室大臣ジェイドは小上がりを上り王座の横に立つ。そして前で待つ二人に向けて国王は口を開く。
「えーとな、ちょっと時期は遅くなったけど、そろそろミレットの駐留も考えようと思ってな」
「え? ほんと? お父さん」
「王女殿下、公務の場では陛下とお呼びいただかないと」
ジェイドが嗜め、ミレットは首を竦める。咳払いを挟んで続けた。
「こほん。それで駐留の話ですが、事前に王女殿下に公務を学んでいただくため、二週間ほどレディン王子の駐留先で補佐の経験を……」
「えー、レディン兄ちゃんってノアロの町でしょ? やだなぁあの田舎……」
「王女殿下、遊びに行くのではないのですから」
「はーい」
またも嗜められ、唇を尖らせながら応える。
「ということで、今夜の都市間シャトルを押さえましたのでご準備のほどを」
「はーい……え? 今夜?」
「まあ、やっぱそうなるわな」
レイオは自室で荷造りをしながら呟いた。荷造りと言っても替えの服を数枚風呂敷に包むだけ。ダンベルなどの訓練器具も部屋にあるがそれは兵士詰所からの借り物だ。
一緒に呼び出された時点で当然と言えば当然だが、レイオも帯同を命ぜられた。王女の護衛は一時の仕事だったはずだが「なんか二人仲良さそうだし」ということで国王も各大臣も意見が一致し、また当面この体制らしい。
まあ嫌なわけではないが。そう思いながら詰所に返す物をまとめていると、ドアの方に人の気配がして振り向いた。
そこにはドゥエがいて、笑顔で右手を挙げていた。
「ノアロに行くんだってね」
「うん。二週間くらいらしいけど」
「城に王属が二人いれば強度の高い訓練ができると思ったんだけど、残念だな」
レイオが笑い返しながら「俺も残念だ。あ、でもノアロにも王属はいるのかな」と言うと、ドゥエは少し渋い顔になる。
「まあ確かに一人いるけど、あいつは……いややめよう。実際に会ってくるといいよ」
不穏な言葉に戸惑い気味に「そうか、ありがとう」と返すと、ドゥエは再度右手を挙げて去っていった。
昼下がりには準備が整い、跳ね橋の前に客車が停まった。見送りのブレンダがしかつめらしく言う。
「では姫様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。くれぐれも公務ということをお忘れなきよう……」
「うん。お土産買ってくるから! さあ行こ」
ちょっとズレた返答をしつつ号令をかけると、今回帯同するお付きのリッチェがカートから大きめのバッグを一つ取る。ミレット自身も最も小さなバッグを取る。それでも更に大人の半身ほどある木製のケースが一つ残っている。
「荷物すごいな」
「レイオが少なすぎなんでしょ。ねぇ一個持ってくれない?」
リッチェを見ると王女のものに加え同じサイズの私物のバッグを持っていて、申し訳なさそうに目を逸らした。確かにこれ以上は持てないだろう。
女というのはこういうものか、と思いつつ仕方なくケースを持ち、客車に乗り込んだ。
そしてゆっくりと町へ走り出て行く。目指すのはアンジリアの駅。アンバー王国の主要都市を高速で結ぶ鉄道、都市間シャトルの発着する場所だ。
道中、ミレットが愚痴っぽく言う。
「ジェイドってほんと堅物だよね」
「そりゃ王室の面倒見てるんだから堅物にもなるだろ」
王室大臣は王家の公務に関わる事務全般を取り仕切る役職だ。加えて王家の者の人員采配にも発言力を持っている。
「でもさあ、今回はやることも滅茶苦茶だよ。これまで駐留の話なんて全くなかったのに、いきなり今日から補佐に行けって」
確かに急と言えば急だ。何かきっかけがあったのだろうか。頭にちくりと引っ掛かったのは祭りでの出来事だ。あの時、やはり彼女が何か特別なことを……
穿ち過ぎだと首を振り、話題を変えた。
「王家の公務って何をやるの?」
「政府高官の報告を聞いて決裁したり、慰問とか外交したり。あとそうだ、一番大事なのが『祈り』だって、前にお父さんが言ってたな」
「祈り?」
それが公務だという想像がつかずレイオは首を傾げた。ミレットは続ける。
「時々お父さんが城の地下室に何時間も籠るんだけど、国の平安を神に祈ってるんだって。詳しいことは教えてもらってないけど、お兄ちゃんたちもやってるらしい」
そして口角を片方上げ声を潜めた。
「もしかして寝てるのかな」
そういうことを言うから公務に出してもらえないのではないか、と思ったがまた怒りそうなので言うのはやめておいた。
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