第4話 3/4

 レイオの背中を見送ったミレットに隣のシェリーが聞く。

「ねぇさっき光ってたの何? きりゅう、って言ってたけど」

「加護の力だよ。祓瘴士は扱いがもの凄く上手いから。『輝粒』というのは専門的な呼び方。私もよく分からないけど、そういう物質が力の正体なんだって」

 シェリーは「ふーん」と流し、サイン会の列に急ぐ。最後尾に並んだところで、不意に男に声をかけられた。

「あーらお綺麗な人たち!」


 ターバンを被りマントを羽織った異国風の衣装に、全身をガラスのアクセサリーで飾り付けている。素っ頓狂なほどの抑揚がついた話し方だ。

 行商のようだが、怪しい風体に少女たちは訝しげな目を向ける。

「実は、あなたがこの列に並んだちょうど100人目くらいの人なんですよ」

「ちょうどなの? くらいなの?」

 突っ込みを無視して男は懐からガラス玉を繋いだブレスレットをミレットに差し出した。

「どうぞこれ、プレゼントです。男物なので彼氏にでも」


 怪しいものを指先でつまむように受け取り、何度か角度を変えて見てみる。

「うわぁ、つるつるですっごい綺麗」

 三人から上がる感嘆の声。確かに玉越しのブルーがかった景色には全く曇りがなく、これだけ綺麗な仕上がりのガラスは城にある最上級品でも見たことはない。

 そんな少女たちをよそに男はそそくさと路地へと去って行った。




「うわぁ、動けん!」

 森に男の悲鳴が響く。黒い鎧の府属祓瘴士、その足元には透明な液体が纏わり付いている。

「へっへっへ、このままぶん殴ってやる」

 迫ってくるのは暗褐色の皮膚を持つ異形。人より一回り大きな筋肉質の体に四角い頭、てっぺんからは短いチューブのような器官が生えている。

 府属は逃げようと身を捩るが片方の足が上がらない。纏わり付く液体のようなものはその実個体と化しており、地面と足を接着していた。


「グルーバイラの接着粘液だ。人間の力じゃ取れねぇよ」

 そうニヤニヤ笑いながら手を振り上げる。ハンマーのような一撃が頭を捉えそうになった時、その背中で火花が上がった。

「ぐうぅ、誰だ!?」

 後ろを振り向くが、そこには無人の森の光景。

「ようやく見つけたよ。僕が相手になろう」

 前へ向き直ると、少し遠くで青い髪の男が府属の肩を抱えている。元いた場所には綺麗に切り取られたブーツのみが残っていた。

 府属祓瘴士が退却すると、青髪の男は輝甲剣を構える。




「今日はありがとね」

 祭りたけなわの場所から少し離れた小公園。レイオとミレットはベンチに座っていた。

 裏路地にある湿った雰囲気の場所で、遊具もない単なる土の広場なのであまり人は寄り付かない。久々の人混みに疲れたミレットがここで休みたいと頼んだのだ。

「友達とも会えてよかったよ。夢も叶ってたみたいだし」


 辺りには夕闇が迫り、街灯が目立ち始めている。わずかに微笑んで話を聞く彼の顔が心なしか薄ぼんやりと見え、ふと気になって口を開いた。

「レイオはさ、どうして祓瘴士になろうと思ったの?」

「別に思ってないよ。産まれた時からなるって決まってた」

「え……」

 あっさりと返され二の句が継げないうちに、レイオは落ち着いた表情で続ける。

「ずっと言われてた。命をかけて王家を守る。そのための人生だって」

「そんな……」

 盾になるために産まれてきた命。そう語る彼の顔は穏やかで、嘘や冗談で言っているようにはどうしても見えない。


 とにかく何か、否定する言葉を探すがなかなか見つからず、慌ててポケットを探る。

「そ、そうだ。これお礼」

 レイオの右手が取られ、手首にガラス玉を繋いだブレスレットが嵌められた。つやつやしたガラスの表面が街灯を受けて美しく輝く。

「これはクレープの分だけど、私レイオにはいつも感謝してるよ。だから、すぐ命とか言わないで……」

「よっしゃぁぁぁ、嵌めたな!」

 場をつんざくような大声に、二人はとっさに公園の入り口を見る。そこにはターバンを巻いた行商の男が目を血走らせながら立っていた。




 日のとっぷり暮れた森の中、ドゥエが町の方を振り返った。

「へっへっへ。やっぱ祓瘴士はあれが発動したら分かるのか。俺の弟分が王女をもらいに行ってるんだ。俺は囮」

「なるほど。まあレイオがいるから大丈夫だろうけど、僕も早く行かないとな」


 ドゥエが輝械弓を射つと、グルーバイラは頭のチューブを前に向けペッぺと粘液を吐き出す。光の矢が粘液を浴びコロコロと落ちて消えた。

「今のは瞬間接着粘液だ。すぐに固まる」

 そして今度は地面に向けて何発も吐き出した。ぴちゃぴちゃと土の上に粘液溜まりができ、垂れるように広がっていく。

「これは少しゆっくり固まるやつ」

 ドゥエは粘液溜まりの一つに石を投げる。少し転がるがあっという間に絡め取られ、瞬間冷凍のように流形のまま固まった。

「ふうむ。圧力をかけると乾燥して短時間で固まるみたいだね。厄介だ」


 そしてまたドゥエの方をめがけて粘液の連射。ドゥエが全て躱した後ろでぴきぴきと固まる音が折り重なる。

「どうだ。これで近づけねぇだろ」

 足場を奪っての遠距離攻撃。牽制に徹して時間を稼ぐ算段だろう。しかしドゥエは意に介さず、粘液溜まりの隙間へゆるりと足を踏み出す。

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