第4話 2/4

 ドゥエは腰の剣に手をかけながらゆるりと歩き出した。両者の距離は十歩強。一歩、二歩、三歩と縮めたところで金属の擦れる音がし、先頭のバイラ兵が袈裟がけに瘴気を吹き出した。

 他の者たちが飛び退き、先頭のバイラ兵が倒れた時、ドゥエは既にそこで輝甲剣をゆったりと構えていた。

 横から一体が飛びかかろうと地を蹴った次の瞬間、胸から瘴気を吹き出したのはその後ろにいた一体。そして周囲の五体が風に薙がれるように同じ運命を辿る。

 飛びかかった者が無人の芝に足を付け、何が起きたか把握しきってないうちにその背中を剣が貫いた。


 残るは三体。刺した体を足蹴にして剣を引き抜き、その反動を利用し駆けた。低い姿勢からの横一閃、逆袈裟で振り上げ、唐竹に打ち下ろす。流れるような三刀の後、輝甲剣を鞘へ。次いでどさりどさりどさりと音がした。


「……速い」

 ドゥエの戦いを見て、レイオは感嘆を漏らした。流れるような足運びからの淀みない剣技。稲妻のような緩急が視認を難しくしている。もちろん動き自体も速く、こちらが半分しか片付けていないうちにもう終わっている。

 レイオは前から迫ってくる一体をよそ見したままの前蹴りで迎え撃ち、その頭を踏みながら跳んだ。

 右の一体を飛び蹴りで倒しながら輝甲剣を抜き、隣の頭に打ち下ろす。地面に顔から叩きつけるのと入れ替わりに飛びかかってきた一体を逆袈裟に斬ると、吹っ飛んで動かなくなった。




 全て仕留め終えたところで霧が晴れた。妙に時間が短いことに首を傾げているところに、ドゥエが近づいてくる。

「強いね。格闘技はレイガさん譲りかな。でもあの人と違って細身だな」

「まああの親父はゴリラだから……親父と仕事したことあるの?」

「うん、何度かね。色々お世話になったなぁ」


 少し遠い目をしてから、二人で記念館へと歩き出す。道すがらにドゥエが「これで終わりと思う?」と言い、レイオは首を振った。

「おそらくバイラ獣が近くにいる。あの霧は結構レアなものって言ってたし、バイラ兵に持たせるとは考えにくい」

「うん、府属にも協力を依頼して一緒に見回ってみるよ」

 自分はどうすべきか。少し考えて言った。

「あいつらは人間に化けることも出来る。俺はミレットと町を回りながら探してみるよ」


 記念館の廊下でドゥエがまた口を開いた。

「君はなかなか話しやすいね。他の王属はどうもむっつりしてていけない」

 その言葉には照れ笑いしながら歩き、奥のドアまで辿り着いたところでちょうどミレットが出てきた。そして男二人を交互に見て言う。

「あれ? どうしたの急に仲良くなって」

 曖昧な笑いを浮かべる二人に胡乱な目を向けつつ自分の控え室へ向かう。

「まあいいや。着替えて来るから待ってて、レイオ」




 元来た格好に戻ったミレットが「お待たせ~」と出てくる。そして後に続いてきた侍女を振り返る。

「リッチェも遊んできていいよ。後は護衛がいれば十分だから」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 嬉しそうにペコリと頭を下げ、小走りで入り口の方へ去っていった。それを見守ったミレットは立てた親指で同じ方向を指す。

「さて。私たちも行こう」

「へーい」


 周りの街区は既に華やいだ雰囲気だった。大通りに向けて建ち並ぶ家々は上階の窓に国旗と花を飾り、店先では食べ歩きの出来る軽食や酒、動物のお面などを売ったりしている。

 昼下がりの人出は通りを埋め尽くすほどで、ほろ酔いの男衆や若いカップル、顔の横にお面を付けた子供たちが行き交い、射的や輪投げなどのゲームに興じていた。


「どっか行きたいところあるの?」

「うーん。適当に回れればいいかな。雰囲気が好きだから」

 上機嫌なミレットの少し後ろを付いていく。周辺に怪しい者や瘴気の影がないか注意深く見回しながら。

 そのまま脇の路地に入った。こちらも盛況で、混雑している上に行商も加わってそこら中に露店を広げ、歩くのも一苦労だ。

「あれぇ? ミレットじゃない?」

 そんな喧騒の中に一際高い声で知った名が呼ばれ振り向くと、同じ年頃の少女が三人、足を止めてこちらを見ていた。

 ミレットが進み出て、はしゃいだ声で応じる。

「あーっ! みんな、久しぶり!」




 その頃、瘴気に包まれた世界に建つ灰色の城の中。王座の前で異形の女・アイアラが鏡に映すのはアンジリアの祭りの様子。その焦点は人混みを歩くレイオとミレットの背中に合わされていた。

「バイラ獣、上手く町に入れたわね」

「あんな弱い奴で王属に勝てるのか?」

 赤いアメーバに包まれた男・マジスが冷めた様子で口を挟む。

「目的は王女様だから。あの子はちょっとだけ無力化できればいいの。策はあるって言ってたしね」

 アイアラは手の中でガラス玉を弄びながら答えた。




「へぇー、この人が護衛?」「結構カッコいいじゃん。いいなー、私も守られたい」

 路地の真ん中、ミレットの元学友たちに囲まれ、黄色い声を受けながらレイオは引きつった笑みを浮かべていた。

「ねぇ、ここ人の邪魔になってるから、早く進も」

 助け船により話は中断し、人だかりを無理くり縫うように五人で歩き出す。


「私あそこのパン屋で修行してるの。今休憩中なんだ」

「そういえば昔からパン屋になりたいって言ってたね。後で買いに行くよ」

 一歩距離を置いて後ろを歩きながら、懐かしそうに言葉を交わすのを眺める。王女といえど友達くらいいるのは当たり前だが、なぜか意外な気分だった。


 そのうちに路地から広場に出る。

「ねぇ、『ベルシュガー』が今日限定でクレープ出してるんだって」

「そりゃ食べたいね。ディズヌのサイン会に並ぶ前に買いに行こうか」

「あーでもそれだと私休憩終わっちゃうなぁ」

 そんな会話をなんとなく聞いていると、ミレットがこちらを向いた。寄ってきて、上目使いで小銭を差し出しながら言う。

「ねぇレイオ。クレープ買ってきてくんない?」

「使いっ走りかよ……」

「後でなんかお礼するから。ね!」


 渋面を作って少し考えた。使い走りは癪だが、バイラ獣の捜索をするならサイン会に並ぶよりはそちらの方がいい。

 王女から離れることにはなるが、あの霧にさえ気を付ければ警備も豊富なここで急迫の危険はないはずだ。

「分かったよ。念のためこれだけ」

 レイオは小銭を受け取りつつ左手を握り、ミレットのブレスレットを撫でた。光が一粒くるくる回りながら内部へ消える。

「ああ、輝粒を残してくれるやつね」

「獅子のところを撫でれば自分でも発射できる。人に当たったら危ないから、緊急時以外やらないでね」

 そして呑気に手を振る四人に見送られ、早い歩みで路地へと入った。

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