第4話 祭りの日
第4話 1/4
朝日を背にした石造りの町並が薄黒に染まっている。城を取り巻く堀のほとり、光の帯が横たわる芝を銀髪の少年が駆けていた。
常人では全力疾走でも追い付けないペースだが、交代で見張りをする衛兵たちは空が白むはるか前から彼が走り続けていることを知っている。
そのロードワークは城の者にとっても見慣れた光景になり、朝の早い厨房の料理人から「今日もやってるねぇ」などと声をかけられることもある。その日もどこからか「やあ」と声がした。
その妙な近さに違和感を覚え、周囲を見回す。
「爽やかな朝だね」
声の主はすぐ隣で伴走していた。
「うわっ」
慌てて横に飛びすさり身構えた。気付かないうちに近くに立たれるなど久しく経験していない。
しかし声の主は構わず駆け抜け、後ろ姿が遠ざかっていく。かなり長身の男、青い髪が風を受けてなびいた。そして堀が内に曲がる箇所でその姿が城壁の陰に入り見えなくなった。
泡を食って城壁の向こうまで走りその背中を探すが、先の景色にそれらしき人影はなかった。
「遅刻なんだけど」
待ち合わせ場所である跳ね橋の前に赴くと、ミレットの仏頂面が出迎えた。横には荷物を持った若い侍女を従えている。
「ごめんごめん。ロードワーク中に変な奴がいたから」
「お父さんたちはもう乗ってるよ」
橋のたもとには小型の客車が停まっている。レイオが扉を開け、後ろから二人がついて入る。
中にはソファがコの字に三つ。正面向きのものにローブ姿の国王、こちらに手を挙げて挨拶した。そして向かい合わせの二つ、手前側に従者が一人おり、奥側に座るのは青い髪の男。
「あれ? アンタさっきの」
「やあ。さっきは失礼したね。訓練中だったもんで。僕はドゥエ。王属祓瘴士だ」
男が立ち上がりにこやかに手を差し出してくる。目線はレイオよりやや高い。
「レイオだ。よろしく」
その手を握りながら改めて全身を眺めてみる。青い髪に鼻筋の通った端整な顔、布服の上にベストを羽織り、膝下で絞ったダブダブのズボンとその足元はブーツという姿。左手首にはレイオと同じブレスレットだ。
「さぁ、行こうか」
号令をかける国王の隣にミレット、侍女は従者の隣に座り、レイオは残るドゥエの横に行った。
「ねぇお父さん、式典が終わったらお祭り回ってきていい? レイオも連れてくから」
「うん、いいんじゃない」
今日はアンバー王国の建国記念祭。町の北にある記念堂で式典が行われ、その周辺の商店街が各自催し物を出す。
適当な感じでそこに連れて行かれることになったが、それを気にするより先にドゥエが話しかけてきた。
「君とはもう少し早く会いたかったんだが、色々立て込んでいてね」
「うん。俺も他の王属には一回会ってみたかった」
「どうだい、城での勤めは。修業とはまた勝手が違うだろう」
「確かに敵は大したことないけど、また別の苦労が……」
そう言いながらミレットの方をちらりと見る。幸い視線には気付かずに父と談笑していた。
「ははは。まあ困ったことがあればなんでも言ってよ。そうだ、お茶でもどう? これはウェンジーの高山で……」
足元の鞄から水筒とカップを出して、とぽとぽ注いで渡してくる。少し置いてけぼりの気持ちでそれを受け取った。
記念館は芝生に囲まれた円形の建物で、中心にホールを備えている。一階エントランスからそれを挟んで裏側には控え室の並ぶ廊下があった。
「どう? イケてる?」
控え室から出てきたミレットは式典用のドレス姿。大きく広がったスカートに金糸や宝石が装飾され、コルセット入りの上半身は胸元がざっくり開いて白い谷間が覗いていた。
「うん、イケてるイケてる」
目を逸らしながら返事をすると、後ろにいた侍女がクスリと笑った気がした。
「じゃあ行ってくるから。その辺ぶらぶらしてていいよ」
侍女を連れてホールの舞台袖へ入るのまで見届け、レイオは控え室の前で大理石の壁に寄りかかった。
式典というのは王様とその他来賓が順繰りに謝辞を述べていくという退屈極まりないもの。一応余興で『ディズヌ舞踏団』なる連中がダンスショーをやるそうだが、それも興味はないし廊下にいた方がマシだ。
それにここは町の北端。加護の力の範囲が狭まっている今多少は注意の必要な場所だ。祓瘴士として警戒すべきは会場の外であろう。
天井でちらちらと乱反射するシャンデリアの灯りを眺めながら直近の関心事に思考を切り替える。
「ドゥエか」
朝見せた気配の消し方からしてただ者ではない。戦えばどんなものなのだろうか。立ち居振舞いを再び思い出そうとして、レイオは唐突に壁から背中を離した。
「本当に来やがった」
そう呟いて、入り口へ向けて走り出した。
灰色の霧が立ち込めていた。白い仮面のような顔と斑の体色を持つ人型が群れをなし、身を捩るような獣の動きで芝を踏み歩く。目指す先には円形の建物。
魔の巣と化した霧の中に何気ない調子で足を踏み入れたのは、青髪の男。仮面に穿たれた黒穴のような目が一斉にそちらを向く。
「本当に町の中に出るとは……。バイラ兵だけ? 妙だな」
男が首を傾げていると更にもう一人、銀髪の少年が傍らへ走り込んできた。そしてお互いを視認し指を差し合う。
「ドゥエも来てたんだ」「なんだ、レイオもか」
「でも妙だな」
群れの方に向き直るとレイオも首を傾げる。その隙にとバイラ兵たちは二人を挟む位置へ散開した。総勢二十体近い。
「それは後だ。幸いここは記念館の裏手で人通りも少ないし、騒ぎになる前に終わらせよう。後ろを任せていいかい?」
レイオが頷き、二人は背中合わせになる。
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