第3話 4/4

 狙いは分からないが、カイトバイラは当面空に留まる姿勢だ。付き合ってやるつもりはない。

「よっしゃ、練習の成果を」

 輝甲剣を抜いて上空の影の方向へ軽く投げ上げた。すぐに輝械弓を構え、ウイングを展開。滅茶苦茶に連射した。

 光の矢はほとんどがそのまま空へ向かうが、この近距離ではさすがに何発かは輝甲剣に当たり、それらは刀身を巻く光の渦に拡散されて数十の筋となって追いかける。

 合計で百近い射線を躱しきることはできず、数発がカイトバイラを捉える。膜も射抜かれ、バランスを崩して地面に落下した。


 なんとか受け身を取り、頭を振ってすぐに立ち上がった。そして射抜かれた膜を瞬時に再生させる。その隙は五秒もなかっただろうが、この戦いにおいては長すぎた。

「ようやく捕まえた」

 万力のような力で肩を掴まれ腹と顔面に一発ずつ、カイトバイラは吹き飛んで後ろの木にぶつかった。前回のものとは質の違う拳に意識が朦朧としている間に、輝甲剣により膜と木を縫い止められた。

「再生ができてもこれなら抜けられないだろ」

 ようやく戻った視界、目の前に立つレイオは右足をまばゆく発光させている。


「うおぉぉぉ!」

 カイトバイラは自ら膜を引きちぎり、必死の形相で木に登り再生も覚束ないまま飛んだ。バランスを崩しながらもギリギリで風に乗る。しかし―――

 レイオはそれを追いかけるように木へとジャンプし、幹を蹴って更に高くまで。三角飛びだ。

 上手く逃げた、そう思い込んだ矢先にカイトバイラは自身が影の中にいることに気付く。上を見ると陽光を遮るものの正体、光る右足を垂直まで振り上げる銀髪の少年の姿があった。

「うわぁぁぁ」

 延髄に踵を叩き落とされ、閃光とともに地面が爆発した。




 荒れ狂う鉄のプレート。府属祓瘴士の一人がそれを脇腹に受けた。大岩をぶつけられたような衝撃にあえなく転がり、呼吸もままならず踞る。

 人数をかけて間合いの外で立ち回っている時はともかく、ひとたび触られてしまえば力の差は歴然、全く抗せる気がしてこない。そして体力も相手の方が遥かに上、隊員は疲労しいつ致命傷を受けても不思議ではない。


「一気に蹴散らしてやる!」

 更にブルドーザーバイラは両手のプレートを合わせ正座の体勢をとる。脛のベルト付き車輪が地を蹴り、もうもうと土煙を上げながら直線的で剛なる突進が襲いかかる。

「回避、回避ーっ!」

 隊長の叫びに散り散りとなる隊員たちは致命の一撃をギリギリで躱していく。

 全員に躱されるとブルドーザーバイラはブレーキをかけ、足のベルトを左右あべこべに動かしてその場で反転する。スピードがゼロになったその瞬間を狙い、隊長が鉄のプレートと組み合った。


「なんだそんなもん」

 抵抗などないかのようにブルドーザーバイラはまた進み出す。更にもう二人がプレートに手をかけた。それでもまだ全く止まる気配はない。

 そして更に二人。ベルトの上げる土煙がわずかに増える。

「うおぉぉぉ」

 踞っていた隊員が気合いとともに跳ね起き、押し合いに加わった。ついに目に見えて減速し、そのチャンスに四人が加わってゆるゆると停止し、拮抗した。

 ベルトが空回りし土を押し退ける度に隊員たちの顔が歪む。全員が死力を尽くしているが、紙一重のところ、少しでも気を抜けば押しきられるだろう。


「今だっ!」

 隊長の叫びとともに残りの隊員が両脇に散開し、車輪の隙間にナイフや矢をありったけ投擲し始めた。

 車輪が回転する度にそれらが砕けてベルトとの間に詰まっていく。その圧が増していくとともに込められた加護の光がバイラ獣の体を蝕み、ついにボロボロと車輪が取れ始めた。

「な、なんだぁ!?」

 慌てて直立するブルドーザーバイラに投擲組が後ろから躍りかかる。剣がその体を打つ度に加護の色の火花が上がった。


「うわぁぁぁ」

 またプレートの拳を振り回すが、ほとんど恐慌状態のそれは予備動作が見え見え、いかに身体能力差があろうと訓練された祓瘴士に当てられるものではない。振り回す度にカウンターの刃が体に入る。

 起死回生とばかりに懐の敵をプレートで押し潰そうとするが、両腕を複数人の剣で止められた。

「今です!」

 その声に反応した隊長が高く飛び上がり、渾身の一太刀が正中線を深く抉った。

 斬り口から黒い瘴気が血飛沫のように吹き出し、怪物は仰向けに倒れる。総掛かりでそこに加護の光を浴びせ、ついにその体は崩れ去った。




 帰還した府属祓瘴士たちを拠点は喝采とともに迎えた。医務班の診察を兼ねた休憩の後、撤収して現在帰路についている。


 居館車両の中、往きより少々居心地が悪そうにソファに座りながらミレットが言う。

「前線行ってた人たち、歩かせちゃっていいのかな」

「居館車両もそんなに乗れないからね。まああのくらい大丈夫でしょ。俺なんて三体倒した後に三千メートルの山を下って帰ったことが……」

「レイオの話は聞いてないよ」

 悪態をついて体を深くソファに預ける。そして視線を左右に泳がせたのち、少し言いづらそうに切り出す。


「ねぇ、教えて欲しいんだけど、バイラズマってなんなの?」

 レイオはミレットの顔を見た。王家の者がそこまで知らないことに違和感を覚えていた。

「見てれば分かると思うけど、バイラ獣もバイラ兵もただの怪物じゃない。統率されて動いている」

 しかし隠すような話ではない。レイオが語りだすとミレットは息を飲む。

「奴らを生み出す組織、それがバイラズマだ。目的も根城も分からない、ただアンバー王家を狙っているから防がなきゃならない、それだけ聞いている」

 狙われている当の王女は不安げな顔で頷いた。




「これが王女? 可愛いじゃない」

 大気全て黒く染めるほどの瘴気に包まれた常夜を、巨大な月と絶え間ない雷が照らす世界。突風の吹き巻く赤い大地に溶けかけたような灰色の城がぽつんと建っている。

 その最奥、無人の王座の前で異形の女が宙に浮かぶ鏡を見ていた。そこに映るのは金属のドアから顔を出し手招きをするミレット。

「何を見てるんだ? アイアラ」

「あらマジス。バイラ獣があっちの映像を送ってくれたの」

 マジスと呼ばれた気怠げな男、大柄な全身が赤くドロドロしたアメーバ状のものに包まれている。アイアラという女の方は触覚に複眼、白黒縞の体にあちこち棘を生やした昆虫のような体だ。

「この娘、ちょっと会ってみたいなぁ。でもそれにはこの新しい王属の子が邪魔ね」

 牙を湛えた薄い唇が笑い、後ろで雷が轟いた。

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