第3話 3/4
「奴らの新しい根城はここ。なのでこの辺りに拠点を張ろう。二時間程度で移動できる」
斥候を終え、青空の下で地図を広げながらのブリーフィング。部隊長が淡々と状況を語る。
「瘴気の溜まり場が成長する前ならバイラ兵もそれほど出てこない。叩くのは早い方がいい。それで、今回の戦術だが……」
そこで言葉を切り、部隊長はレイオの方を見る。
「あの二体を分断して、各個撃破するのがいいと思います」
それがどういうことか、意味は分かっている。部隊長は言い聞かせるような口調で続ける。
「レイオ殿の本懐は王女の護衛です。後方部隊を狙ってくるあの空飛ぶ方をお願いしていいでしょうか」
あの黄色いバイラ獣、木偶の坊だと言ってはみたが、組み合った時のあのパワーはやはり侮れるものではない。
せめて逆、俺が木偶の坊を叩いてから合流してはどうか、そう提案しようとしてやめた。彼らの目には覚悟が見える。確かに、護衛のためには真っ先にあのカトンボを叩くべきだ。
彼らをぐるりと見て、頭が整理できないまま訥々と言う。
「昔から親父に言われてた。王属祓瘴士は王家を守るために命をかけろって。でも粗末にしていい命は王属祓瘴士のものだけだって」
言い終えて、レイオも覚悟を決めた。
「だけど……そっちは任せます。俺は王女を守る」
森の中に突如現れる、妙に綺麗に整地された場所。そこに盛り土から作られたであろう大きな洞がある。土はしっかり固められ表面も滑らかな仕上がりだ。
そしてその上空を八の字に舞う影がこちらに気付き大声を上げる。
「敵襲だーっ!」
その声に構わず隊員の何名かがピッケルを持って洞へと向かい、周りの壁をガンガンと突き崩し始めた。
すると奥から轟音が近づいてきて、突進形態のブルドーザーバイラが土を押し出しながら走り出た。
「お前らーっ、俺が頑張って整えたのにーっ!」
悲痛な声を上げながら二足歩行に戻り、両手のプレートを無茶苦茶に振り回す。ピッケル隊員たちは退避した。レイオはそこに走り寄り、怒り任せのパンチをくぐって腹に二発、顔に一発入れる。たたら踏むがあまり効いた様子もなく持ち直す。
「ちくしょう。一旦落ち着こう」
頭を振って深呼吸をすると、ブルドーザーバイラはまた叫んだ。
「バイラ兵! カイトの誘導で後方部隊を狙え!」
洞の奥からギュロギュロと不気味な声が折り重なるように響き、深緑と灰色の体を揺らしながらバイラ兵たちがにじり出てきた。しかし前回より数はずっと少ない。
カイトバイラが討伐隊の元来た方向へ飛び始め、それに付き従うようにバイラ兵たちは獣じみてそちらに走る。
前回はこれを府属たちが泡を食って止めたが、今回はスルーしそのまま後方へと行かせた。そして全隊員がブルドーザーバイラに向かい、入れ替わりにレイオが後方へと走る。
レイオの耳に、鉄のプレートに次々と剣が降り下ろされる音、そして「うわぁぁぁ」と折り重なった悲鳴が聞こえてくる。振り向くと府属の隊員の黒服が紙切れでも散らすようにはね飛ばされていた。
足を止めかけたが頭を振って思い直し、そのままカイトバイラを追いかけ走った。
密に生える木々の合間、足を取る根や生い茂る草を躱しながら走り抜ける。並走するのはほとんど四足で荒々しく進むバイラ兵たち。木などの陰で視界から時折欠落しながらも頭の中で位置は把握していた。
「装身!」
叫ぶとともに手足と胸に甲が現れ、走行速度もぐっと上がる。
一気に加速し手近な一体に追い付くと、後頭部を掴んで速度を利用し顔面を木に叩きつける。そのまま走り抜けて前の一体を小突いて転ばせると勝手にその勢いで木にぶつかった。
前に固まって走る集団に輝械弓を連射。一発が先頭の一体に吸い込まれる。
「お、当たった」
後続を巻き込んで倒れ込んでくる。それらを順々に踏み台にしてしっかりトドメを刺しつつ、レイオは大きくジャンプした。
「喰らえ!」
森の上に出て、手足を広げて飛ぶカイトバイラに肉薄し輝械弓をまた連射。しかし今度は全弾標的の脇を通りすぎ、虚しく青空へ消えた。
舌打ちしながら着地し、見上げると枝から枝へ飛び移って進むバイラ兵が数体。また加速し、彼らの進行方向上にある木に渾身の蹴りを入れた。
幹が折れて倒れ、飛び移ろうとしていた影がそれに巻き込まれる。枝が折れ葉の擦れるけたたましい音に「ギャロッ」という声がいくつか混じり、その後は静かになった。
「おいおい、本当にあの数のバイラ兵を一人でやったのかよ」
作戦拠点から目と鼻の先、カイトバイラはレイオからだいぶ距離を取った位置にある木の枝の上。
「輝粒の鎧を使ってやがるし。あんなの相手にしてられねぇよ」
「よく聞こえないんだけど。もう少し近くに来なよ」
「行くわけねぇだろ! 俺はもう退却……ん?」
しかし彼の発達した視力が作戦拠点を捉えた時、ふと違和感が芽生えた。テントや焚き火の奥に鎮座する、バイラ獣が住めそうなほどの巨大な金属の箱。
今回奴らは戦闘に来ている。しかも町からそれほど遠くもなく、あれで運ぶほどの物資が必要とも思えない。王国の設備に詳しくなくとも、あれが要人用だという察しはついた。
そしてやたらめったら強い少年。それを考え合わせると……
「もしかしてあれ、王家が乗ってるんじゃないか?」
小さな声で言い、にんまりする。もし王家の者を捕らえれば、幹部からの評価も計り知れない。
「よっしゃ! やってやる!」
気合いを入れて再び飛翔。風に乗り作戦拠点へ向かう。眼下では銀髪の少年がそれを追ってくる。
「フヘヘ。奥の手を見せてやる」
作戦拠点のちょうど上空、腕を広げたまま片手の指を下に向けた。そして鋭い爪を落下させる。直撃したテントがはためくように潰れてゆき、悲鳴とともに人の姿が飛び出す。
そこに向けてもう片手の爪を落とすと、また恐怖の悲鳴があちこちで聞こえ、カイトバイラは愉悦に笑った。
「この野郎!」
焦ったレイオは輝械弓を構えて連射する。しかし当たらない。
「お前の弱点は分かってるぜ。お前射撃めっちゃ下手だろ」
「うっせぇ!」
叫びながら拠点まで走り、次の爪攻撃を弾き返すべく構える。しかしすぐには落ちて来なかった。
「爪の再生はちょっとかかる」
カイトバイラは空を舞いながら時間を稼ぐ。すると逃げ惑う地上の連中が例の巨大な金属箱へ集っていた。導線を辿っていくと、入り口ドアから顔を出し彼らを中に誘導する少女の姿。
「お、王女かぁ?」
その顔に視力を集中し、しっかり記憶した。
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