第3話 2/4
黄色い体表のバイラ獣、ガラス張りになった箱型の奇妙な頭部に左右のフックを入れるが、三発目は読まれ手に装着された巨大な鉄のプレートに防がれた。
舌打ちをしながら一歩引くと、相手は両手のプレートの合わせて正座の体勢になり、脛に付いたベルト付きの車輪を回転させて土を巻き上げながら前進してきた。
「喰らえ! ブルドーザーバイラの突進だ!」
両手でそれを受け止める。膠着し、お互いの足が地面にめり込む。
パワーはあるが速度はそれほどではなく、普段なら簡単に受け流せるのだが、今レイオの神経は八割がた上空の敵に割かれていて思うようにいかない。
繁る木の葉の向こうで青空を八の字に旋回する影、それが急降下して木々の中に消えた。ブルドーザーバイラの足元の土が深く削れ、膠着が解けた隙に飛びすさる。
直後、その場所を鋭い爪が横から通りすぎていく。躱しざまにその顔面にパンチを入れた。高速で低空飛行してきたその影は慣性により地面を転がり木にぶつかる。
「いてて」
「浅かったか」
頭をさすりながら立ち上がるその姿。コウモリのような顔に灰色の体で、背中から手足の先まで巨大な膜が繋がって生えている。今は垂れ下がっているが飛ぶときにはこれをピンと張っていた。
カイトバイラと名乗るそのバイラ獣はさささと木に登り、今一度空へ飛び立つ。
「くそ、またか」
ぼやいている後ろからブルドーザーバイラの拳が迫り、それを手甲で弾き返す。レイオは既に装身済みだ。
再び突進の体勢に入ろうとするのを読み、合わされようとする両手のプレートを腰から抜いた輝甲剣でつっかえさせた。
「やべ、閉まらん……おごぉ!」
空いた腹に前蹴りを入れ、嵩にかかろうとしたところで後ろから「うわぁぁぁ」と悲鳴が聞こえた。
見ると、カイトバイラが府属の隊員の一人を足に挟み宙吊りにしている。隊員たちは次々と湧いてくるバイラ兵が後方部隊の方まで行かないようやや後ろで掃討戦を担っており、先程から空からの横槍に苦しんでいた。
「このやろ!」
腰から今度は輝械弓を抜き、横のウイングを展開して光の矢を連射。一発たりとも狙った場所に当たらず、左右の木や地面に当たって火花を散らした。
「レイオ殿やめて危ない!」
流れ弾を辛うじて避けた隊員から悲鳴が湧く。加護の光は瘴気を祓うだけでなく物理力も持つため、高速で射出すれば人間に対しても危険である。
次の瞬間、一人の隊員が木の上から現れカイトバイラを斬り裂いた。入りが浅く膜しか斬れなかったが、捕まっていた隊員は放され敵も姿勢を崩して落下する。
「やばいやばいやばい」
地面に落ちた格好のまま高速で這い回って追い討ちを躱し、また木に登って枝の上で腕を広げる。
「ふはは、膜は薄いからすぐ再生できるのだ」
その言の通り既に膜は元通りになっており、再び飛翔。そして「ブル! 一旦逃げるぞ」と叫びあらぬ方向へ消えた。いつの間にか突進形態になっていたブルドーザーバイラも唸りを上げながらそれに追随し、討伐隊は二体を見失った。
「くっそぉ!」
けたたましい音を響かせ、レイオの拳が石積みの祠を破壊する。そして中に溜まっていた瘴気をブレスレットの光で祓った。
バイラ獣二体が潜んでいたのは自然洞窟を更に掘って広げた大穴。中の地面は妙に綺麗に整地されており、壁面も丁寧な仕事で滑らかにされている。
中で瘴気の溜まり場を作っていたようで、飛散を防ぐ祠がいくつも建てられていた。次々湧いてきたバイラ兵もここから発生していたようだ。
レイオは隊員何名かとともに、作戦の一環としてそれを壊しているだけなのだが、その態度は明らかに苛ついていた。
「たった二体相手に取り逃がすとは……」
「いや、たった二体って……」
隊員が引いているのをよそに洞窟を後にする。拠点へ向かう歩調は酷く乱暴で、周囲はやや遠巻きにしていた。
そして居館車両の前、携帯型の椅子にちょこんと腰掛け薪を組んでいる少女の姿。
「まーた外に出てる。バイラズマは取り逃がしたんだから油断しないでよ」
「部隊長がちょっとくらいならいいって言ってたもん」
そう答える横にどかっとあぐらをかき、「後ろに誰もいなきゃあの木偶の坊をゆっくりぶちのめしてその後カトンボ野郎も……」などとぶつぶつ言い始める。
それをミレットが見咎めた。
「何イライラした顔してるの? リーダーがそんなんじゃダメじゃん」
「別に俺リーダーじゃないし」
拗ねたような返事。呆れながらまた口を開きかけた時、部隊長がやってきた。
「奴らの目的は町に近い場所で瘴気の溜まりを作ることと思われます。次もそれほど遠くには行かないでしょう。これから別の分隊にも依頼し斥候を行うので、レイオ殿は休んでいてください」
「俺も行くよ」
レイオが立ち上がりかけるが、部隊長は手で制する。
「いえ、我々もそれぞれ役割分担をしてやっています。前線で戦った者は今は休むべきです」
「でも……」
「リーダーじゃないんでしょー、従いなよ」
口を挟むミレットを苦い顔で見るが、今回は残念ながら筋が通っているのは向こうだ。長く息を吐いてから言った。
「……分かりました」
日没が近づいてきた。西にわずかに橙を残すのみの夜空には星が瞬き始めている。作戦拠点では野営の準備が進み、既に真っ暗に近い森の中で視界の要となる焚き火があちこちで燃えていた。
「もう! 点かない!」
薪を組んだその下部、着火用の小枝に向けてミレットが火打ち石を鳴らすが、毛先ほどの火花が散っては消えるばかりだ。
レイオはブレスレットから米粒ほどの光を人差し指に送り、それを小枝に当てる。ポンと音がし、枝先に小さく火が点いた。
「なにそれ」
「輝粒を変性させて火を起こした。他にも氷、雷なんかも作り出せる」
人差し指と中指の二本を立てて両方に光を送ると、人差し指には白い霜が降り、中指では綿毛ほどの稲妻がチリチリと鳴った。
「超高等技術で使える人すらほとんどいないし、使えても今くらいの規模だから戦いでは役に立たないけどね……ってあれ? 王家の人はみんな知ってると思ってた」
「ふーん」
薪にも上手く燃え移り、揺らぐ火を眺めながらミレットがぼそりと口を開いた。
「ちょっと前に話したけど、もう十七なのに私だけ駐留に行かせてもらえないんだよね。それだけじゃなく、輝粒とか祓瘴士とか、怪物のこととかもあんまり教えてもらえないし」
闇の中で少し寂しそうな横顔がちろちろと朱色に照らされる。
「女だからかと思ったけど、叔母さんも行ってたみたいだし。私の能力になにか問題があるのかなぁ?」
「いや、性格に問題があるんだと思う」
「はぁ!? アンタに言われたくないんだけど!」
ミレットは怒声を上げながら火かきに使っていた薪を焚き火に投げた。火の粉が風に巻かれた砂塵のように舞う。それを見てピンときた。
「これだ」
とめどないミレットの文句を聞くともなしに聞きながら、レイオは思考を深めた。
早朝。靄が白く漂う中を歩き、木々が開けた場所に辿り着く。濡れた草の上に立ち、輝甲剣と輝械弓を両手に持った。
輝甲剣の周囲に光が渦巻く。やはりアンバーメタルの上はコントロールが効きやすい。
「これでやってみるか」
そう呟き、レイオは輝械弓を構える。
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