第3話 当たらぬ矢

第3話 1/4

 訓練を終えた中庭のベンチにパルガスがやってきた。鍵付き木箱を両腕で抱えている。

「レイオ殿~、王属専用の武器、レイオ殿の分も納品されましたぞ」

 珍しく満面の笑顔で目を輝かせながら開けて見せる。青みがかった刀身に獅子の紋章がされた片刃剣と、同じ色味でグリップの上に獅子の紋章がされた小筒が納められていた。

輝甲剣きこうけんと、輝械弓きかいきゅうです」


 レイオは剣を手に取りためつすがめつする。

「へぇ、刀身にアンバーメタルを蒸着させてるのか。豪気だなぁ」

「我が国の工業の要、アンジリアが誇る刀鍛冶の技術が詰まった業物ですよ。こっちは内部のアンバーメタルから特殊な機構で輝粒の矢を高速射出する……」

「あー……ボウガン」


 誇らしげに語るところに気のない言葉を指し挟まれ「何か問題でも?」と不服げなパルガスに、レイオは答える。

「苦手なんだよね。射撃」

「練習してください」

「いいよ俺は。接近戦でぶちのめすから」

 パルガスは人差し指を立て説教口調で言う。

「レイオ殿、護衛というのは単に敵をぶちのめすのとは違うんですから、色々使えるようになっておかないと。じゃあ早速射撃場に……」

 半ば無理矢理手を引かれ、渋々付いていった。




「え? ぶちのめしに行くの?」

 射撃特訓がまだ思わしい成果を出していないある日、レイオに怪物退治の依頼が申し伝えられた。

「そうです。森の偵察でバイラ獣を発見しまして、今監視を付けています。町の中に入る可能性が出てきた以上放置は出来ないので、討伐するのに同行をお願い出来ないかと」

「いいよ! ぶちのめすのは得意だから!」


 パルガスの執務室、高価な調度品もあるさほど広くない部屋で張り切ってシャドーボクシングを始めるレイオに慌てて言う。

「いや、レイオ殿は最終手段ということで、なるべく府属祓瘴士だけで済ませます」

 拍子抜けした様子で動きを止め、「それじゃ体がなまるなぁ」と言いながら部屋を出ていく。その背中にパルガスが大声を出す。

「あ、訓練するなら射撃もやってくださいね!」




 討伐隊出発の朝、跳ね橋の前に集まったのは府属祓瘴士が三部隊総勢十五名、そして物資運搬兵、医務班、伝令役の騎馬隊がそれぞれ若干名。後で現地の分隊も何名か合流する予定だ。

 バックパックを背負った徒歩組、三輪車で引く運搬荷台が二台、加えて馬が隊列を組む。そこまでは分かるのだが、不可解なのはその後ろにある軽金属の巨大な箱。車輪付きで、前には四輪の車が繋がっている。

 運搬荷台の三倍ほどあるそれを見上げながら「なんで居館車両きょかんしゃりょうが?」と呟くと、それを聞いた府属の部隊長が「宿泊用です」と教えてくれた。


 怪訝な顔で「現地小屋とテントじゃないの?」と訪ねると「我々はそうです」と返ってくる。

 この時点で嫌な予感がしていたが、「あれは誰が?」と聞くと案の定は彼は言った。

「レイオ殿ですよ。それと……」

「おはよー!」

 甲高い声がしてそちらを見ると、ハイキングのような服装で小さいバックパックを背負い、顔出しの兜を付けたミレット王女が手を振りながら走ってきた。




「なんでなの!?」

 居館車両は王家や国賓が長時間の移動をする際に乗るものである。中の床は全面絨毯で覆われ、簡易な調理施設やダイニング、執務用の机と小さいベッドまで据え付けられている。そんな高級設備が怪物退治に向けて走るただ中で、レイオは応接用ソファに足を組んで座るミレットに叫んだ。

「お父さんが来週のお祭りの準備で出掛けるの。それでドゥエも付いていくんだって」

 脱いだ兜を膝に乗せ手持ち無沙汰そうに撫でながら続ける。

「それで、レイオも出ちゃうと城に王属祓瘴士がいなくなるから、私がこっちに付いていくことになったの」


「今日は護衛じゃないって聞いてたのに……」

 そうぼやきつつレイオは納得もしていた。加護に包まれた町中に敵が出現するようになった今、護衛が手薄になるのなら城よりこちらの方が安全かも知れない。

 その理由の一端を担っているのは部屋の隅にある大きな銀色の直方体だ。獅子の刻印がなされているそれは、中に何かが入っているということもなく、本当に丸々金属塊である。

「ねぇ、もう少し速く走れないの?」

「物資運搬車はアンバーメタル積んでないんだから、足並み揃えないと」

「アンバーメタルって何度聞いても慣れない。嫌だよ自分の苗字の金属とか」

 アンバーメタルはアンバー王国で採掘される金属で、加護の光を蓄えられるという性質がある。レイオのブレスレットを始めとした祓瘴士の武装にはこの金属がどこかしらに使われており、町の外で怪物と戦うには不可欠だ。


 加護の力は機械を動かすエネルギーとしても利用されているが、大気中のものを吸収して駆動する場合は力が弱い。対してこの金属を積んだ場合は機構は同じでも出力は段違いになる。

 そして副次効果ではあるが、大型の駆動用金属塊がある部屋は町中と同じように加護の力に満ちた状態になる。だから王女の同行もそれほど危険はないだろう。ここに留まってくれている限りは……


「頼むから大人しくしててよ、ミレット」

 その言葉に本人はなぜかむっとした顔になった。

 そこから二時間ほどが妙に快適に経ち、車両が停まって入り口がノックされた。レイオが開けると部隊長がいた。

「作戦拠点に着きました。これから斥候に向かい、その後各部隊の配置を行います。想定外の事態が起きた際にはお願いします」

「へい。了解」

 そしてドアを閉めて間もなく、再びノックの音が響く。

「すいません想定外でした」

「早っ」

「バイラ獣、二体いました」

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