第2話 4/4
「女のくせにいい度胸だな、じゃあ死ね」
男の両手が閃き、金属棒が迫る。王女は子供をかき抱いて目を瞑った。固いものの転がる音がおびただしく響く。
ゆっくり瞼を開くと、目の前には布服姿の背中。上に視線を移すと銀色の髪が見えた。ぽたり、ぽたりと水滴の落ちる音。床に広がる赤い水溜まりの源は、レイオの腕だ。
「じいさんは逃がした。俺の合図でその子連れて走れ」
傷に頓着する様子を見せず彼はそう言う。
「君、どうしてここが?」
「ブレスレットに触った時にちょっと仕込ませてもらった。加護の光は体から離しても操れる。ごく簡単なことしかできないけど」
「なんだお前……そら!」
再び男の両手が閃き、レイオが弾いてまた不吉な金属音がじゃらじゃら鳴る。一本が掠めていたようで、彼の額を一筋の血が流れた。
「血が……ねぇ大丈夫!? ねぇ!……レイオ!」
「大丈夫だよこんくらい。言ったろ、命をかけて守るって」
そう答えながらレイオは横目で床に転がる金属棒を見た。その周囲にはぶすぶすと黒い霧のようなものが燻る。
「瘴気……お前バイラズマか?」
男はジャケットの前をはだけながらおどけて答えた。
「おお、よく分かったな。俺はバイラ獣、ネイルガンバイラだ」
「バイラ獣? バイラ獣ってのはもっと醜い……いやごめん、人間とは遠いルックスのはずだ。まさか、化けてるのか?」
「ご明察。アイアラさんの発明でねぇ、化ければ輝粒に満ちたところにも入れるのさ。力も人間並になっちまうけど」
レイオは顔をしかめて頭を掻く。
「マジかぁ、そりゃこれから先厄介だなぁ」
「これから先? 何言ってんだお前」
「人間相手だから兵士を待とうと思ったけど、バイラ獣ならその必要もない。今ぶちのめしてやるよ。姫様走って!」
急な合図に一拍置いて反応し、王女が子供を抱えて入り口へと走り出した。
「あっ、てめ、ちょっと待て!」
それを狙ってまた金属棒が飛ぶ。レイオが身を呈し、また血の筋が増えた。廊下に転がり出た王女が「レイオ!」と心配そうに叫ぶ。
「俺は大丈夫だから。もう外に兵士も来てる」
そう言ってひらひらと手を振った。
「あーあ、任務は失敗か。まあいいや。もう一つだけ実験して帰るか」
ネイルガンバイラが懐から黒いガラス玉を取り出し床に叩きつけた。瞬時に濃い黒霧が広がり、周囲の空間と混じって煙のような灰色に変わる。
同時に全身がボコボコと肥大してジャケットが破れ、硬質的な暗褐色の体表が現れる。前腕には太いベルトのような器官が巻き付き、拳の方向に開いた穴々から金属棒の尖端が顔を出した。
「これもアイアラさんの発明でな。輝粒を中和できるんだよ」
最大の警戒を見せるレイオに嘲り笑いとともに腕を向け、シュッという空気音。木や布の屑が舞い、手近なベッドが潰れて破砕された。後には床に突き刺さった十数本の棒。
「どうだ! 忌々しい輝粒の町、ここでも外と同じ力が出せるぞ。お前も終わりだな」
それを聞いてレイオが警戒を緩める。
「町の外と同じ力? なんだそれだけか。もっと超パワーアップするのかと思った」
「は? 何言ってんだお前」
「でも町中に出てこられるのは厄介だな。悪いけどこっちも色々実験させてもらうよ。装身!」
ブレスレットから光が溢れ、手足と胴に帯のように巻き付いて弾ける。後に残るのは輝く銀色の鋼。グローブのような手甲、蛇腹が足先までを覆う足甲、そして獅子の胸当て。
ネイルガンバイラが両腕を構え、空気音。人間体の三倍の弾数がより高速で射出される。
それでも装身により得た装甲と身体能力、何より後ろに守る者のなくなったレイオにとってはのろまな豆鉄砲だ。
嵐のような連射の中、事もなげに進む後ろで無力となった棒が霰のように転がり、一歩ごとにネイルガンバイラの顔が困惑に歪む。そして至近距離、レイオが前腕のベルトを掴む。
「おっと」
発射の瞬間に腕が無理矢理下に向けられ、金属棒が床に突き刺さる。腕を上げようと力を籠めてもピクリとも動かない。
「確かに力は外のとあんまり変わんないな」
「あああああああ!」
自棄のような連射が虚しく床を削り砂塵が舞う。レイオは顔をしかめ「もう病院壊すな」と力任せにベルトを引っぺがし、蹴り倒した。
「なんだこいつ……まさか輝粒の鎧の……うわぁぁぁぁ」
両手の物を投げ捨てながら涼しい顔で迫る少年に悲鳴とも怒声ともつかない叫びを上げ、ネイルガンバイラはボロボロの腕で殴りかかる。その拳は全て空を切り、空いた側頭部を滑らかに蹴られてベッドを巻き込みながら壁まで転がった。
倒れたまま動かないその姿をレイオはしばらく眺める。灰色の霧が晴れ始めた頃、「もつのは十分くらいか」の言葉とともに近寄っていく。
「隙あ……」
不意打ちのつもりなのか飛びかかろうとしたネイルガンバイラの顔面を、光る蹴りが捉えてその体が窓を突き破り、地面に落ちてぐずぐずと崩れた。
静寂の訪れた病室。床や壁は穴だらけでベッドはほとんど破砕され、窓に至ってはその周辺の壁ごと消し飛んでいる。
「俺も結構壊しちゃったな」
兵士に保護され城に帰るとやはり物々しい雰囲気。兵士や白衣姿の城医たちがばたばたと走り回り、そこここで怒鳴り声が響いている。
迎えに来たブレンダに引き渡され二人で居館へ向かう道中、無言が続いた。
「ブレンダ、あの……」
おずおずと話しかける。また怒鳴られるかと思いきや、無表情で立ち止まり喧騒の方を指差す。「これまでと違う怪物と交戦したそうです」。
そちらを見て、すぐに目を逸らした。車輪付きの台に乗せられ運ばれる黒い服の祓瘴士。青白い顔で荒い息、震える体。その下のシーツは赤黒く染まっている。
「府属の人たちは自分を顧みず国民を守ります。王家を守る王属祓瘴士だって同じでしょう。姫様を守るためにレイオさんがああなるかも知れませんね」
ブレンダが王女の方を見た。
「これからはよく考えて行動してください。それと……」
その無表情が崩れ、瞼の下に涙が溢れてくる。
「とにかく、姫様がご無事でよかったです」
王女は俯き、今まで怒鳴られたどの時よりも泣いた。
「レイオ、いる?」
夜、部屋のドアをノックするとすぐに彼は出てきた。
「今日は騙してごめん。あと本当にありがとう」
真面目な顔で言うが、向こうはあっけらかんとした表情でふるふると首を振る。
「あ、これあげます」
そしてポケットからラムネ菓子の瓶を出し、差し出しながら遠慮がちに続ける。
「あの……病院行くの、なんか大事な用なんでしょ? 俺も護衛役だし、姫様の行きたいところなら付いて行くから……」
「ミレット」
「へ?」
表情が崩れ、呆けた顔になった。
「ミレット・アンバー。私の名前。他の王属祓瘴士はお兄ちゃんたちのこと名前で呼ぶんだよ。君もそうして」
ラムネを勢いよく受け取り、まだ呆けているレイオに手を振りながら駆け出す。
「じゃあまた明日ね!」
同じ頃、パルガスの執務室もノックされていた。「どうぞ」の声にドアを開いて現れたのは青い髪の男。かなりの長身だ。
「ああ、ドゥエ殿。ご足労いただいてすいません。実は今日レイオ殿から報告があったのですが……」
「町の中にバイラズマが現れた、ですか?」
「な、なぜそれを?」
青髪の男はにこりと微笑む。
「瘴気を応用した物質で一時的に輝粒の中和された空間を作り出すみたいですね。幸いその空間が現れれば一般人でも見た目で分かるし、僕は気配で気付きました。力のある祓瘴士なら同じように発生しただけで気付くはずです。巡回を増やせば当面それほど危険ではないと思います」
凄まじい早口で言い、パルガスがまだ目を白黒させているうちに踵を返す。
「他の四人には僕から連絡を入れておきますね」
「あ、ちょ、待って……」
椅子から立ち上がって止めるのにも気付かず、青髪の男は爽やかな笑みのまま去っていった。
「来週の飲み会の話もしたかったのに。相変わらずなんでも速い人だ」
呆れ声で呟き、再び座って仕事を始めた。
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