第2話 王女脱走記
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アンバー王国、王城の広い中庭は兵士の訓練所を兼ねている。数多の足跡が付いた固い土の演武場と、端に武骨な訓練具。
早朝、レイオは訓練具の鉄棒で懸垂運動をしていた。
「99、100……」
浮かんでくる汗の玉。しかし表情は崩れていない。
ただ鍛えるのではないのだ。動かしている筋肉を意識し、その出力と疲労度を探り、そこから最も効率のいい使い方を冷静に割り出していく。無心で、あの苦い記憶を振り払うように……
「レイオ殿。朝からやっておられますな」
話しかけられて我に返り、鉄棒から降りた。首にかけた手拭いで額を拭きながら返事をする。
「パルガスさんも早いね」
「ええ、今日の予定を早めに伝えねばと思って」
レイオはぴたりと動きを止める。そして先程までの無心が嘘のように分かりやすい渋面。パルガスは言いにくそうに続ける。
「えーと、朝食の後、お目通りを」
察しは付いていた。溜め息を吐くと苦い記憶が蘇ってくる。
昨日、自室で鉢合わせた裸の少女、その悲鳴に駆け付けたのはブレンダだった。
「姫様! どうしてそんな格好で!」
「そいつが私の着替え覗いたの!」
少女に指を差され、事態を飲み込みきれず言葉を失っていると、ブレンダが睨みつけてくる。
「レイオさん、就任早々着替えを覗くだなんて……ってあれ? ここレイオさんの部屋ですよね?」
すぐにきょとんとした顔に戻り、少し考えてから今度は睨み顔を少女に向けた。服を抱えて萎縮する少女の華奢な肩が目に入り、レイオは言った。
「すいません。俺とりあえず出てていいですか?」
そして部屋の外で服を着終えた少女……なんとアンバー王国、王女その人と、ブレンダ、レイオ、そして彼のお目付け役パルガスとで事態収拾の立ち話をした。
「だってぇ、勝手に外出て帰ってくる時にはいつもあの空き部屋でドレスに着替えてたのに、今日はいきなりそいつが入ってきたんだもん」
「100%姫様が悪いですね」
パルガスの言葉にむすっと唇を尖らせて横を向く。一体何歳なのだろうか。そんな彼女の頭をブレンダの平手がスパンと叩く。
王女は半べそになりながら、不服そうに小さな声で「ごめんなさい」と言った。
「え? 王女って殴っていいの?」
レイオの疑問に答える者はなく、ブレンダに連れられて王女が階段の方に消えるまでを睨まれ続けて過ごした。
王女の第一印象は「ヤバイ奴」である。恐らく向こうからのそれはもっと最悪なものだろう。無駄だと分かりつつ今一度問うてみる。
「マジであれ、護衛するの?」
「いやまあ、どうにか頑張ってください」
パルガスはレイオの目を見ずにそう言うと、中庭からそそくさと去っていった。
お目通りは城の下階の談話室、レイオ、パルガス、そして王女の三人で行われている。密室に王家の者がいて護衛の兵士一人もいないのは一見不用心だが、王属祓瘴士のいる部屋で兵士が役立てることなどありはしない。
「というわけで、レイオ殿は姫様専属の護衛として勤めます。このようにお若いですが、命をかけてしっかりお守りしますので」
「はい。命をかけて守ります」
そう言われて、王女は昨日と変わらずむすっと顔を背ける。
「護衛ならドゥエがいるじゃん。いきなり遅刻してくる奴なんてイヤ」
「いやちょっと朝飯をおかわりしてたもんで……」
お目通りの時間に見事に遅刻したレイオの言い訳にパルガスがじとりとした目を向ける。そして咳払いをして言った。
「こほん。姫様、どうも最近首都の周りに瘴気が現れることが多く、護衛は強化せねばなりません。護衛だけでなく今後は勝手に出ていくのもレイオ殿に見張ってもらって……」
王女が口を開きかけるが、その前にレイオが「それも俺が見張るの?」と心底嫌そうに言う。その態度にも不機嫌は増し「私もイヤ!」とそっぽを向いた。
パルガスは半ば呆れながら突き放すように言う。
「とにかく二人とも、しばらくそういう体制でやってみてください」
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