第1話 3/4
「というわけでね、ワシがおるここの他、五人の王子が各地に駐留しとるんよ。それを護衛する王属祓瘴士はレイオくんの他に五人。山沿いのウェンジーとオグリデイ、その二ヶ所をサンクくんが一人で護衛しとるんだなぁ」
塔の長椅子にでんと腰掛け、正装のローブをはだけた国王が饒舌に喋る。レイオは向かい合わせに座っていた。
「じゃあ俺はそのどちらかにいくんですね」
「いや、レイオ殿にはしばらくここで王女様の護衛を勤めてもらいます」
隣のパルガスが口を挟む。
「あれ? ここにはもう担当いるんじゃないの?」
「まあ研修期間ということで、ドゥエ殿に色々教えてもらってください」
「えぇー、いらないよ研修なんて」
「どこの職場でも最初は雰囲気に慣れるための期間があるんだぞ」
国王はレイオの肩を叩きながら窓からわずかに見える城を指差す。
「まあ今日はゆっくり休んでもらって。長旅だっただろう。都市間シャトルを使ったのか?」
「いや。三日三晩休まず歩いてきました」
「さすが! 王属祓瘴士になる者は頭がおかしいのう!」
しゃがれた笑い声が塔の天井まで響いた。
城内の居館エリア。その中でもごく限られた者しか入場できない王家の廊下で、レイオは窓から中庭を眺めていた。
豆粒のような人間が数十、規則正しく隊列を作って演武を行っている。気合の声と地を踏む音が城を揺らす。
「どうですか、ここの『
声の方を見ると、パルガスが来ていた。
「本隊だけあってさすがだな。練度が高い」
「暇があれば彼らに指導でもしてあげては?」
「やめてよ。府属と王属は別に上下関係じゃないでしょ」
「建前上はね」
そこで会話は途切れた。
城に来てから一夜明け、これから王女へのお目通り。まだ準備中とのことで、主任侍女の連絡を待っているところだ。
漫然と壁に寄りかかり手持ち無沙汰も極まったころ、再びパルガスが口を開く。
「レイオ殿が前に陛下と会われたのはいつですか?」
「三年前、この町を出たとき以来かな」
「どう思われますか?」
「……痩せたね」
もともと細身の男ではあったが、前はあそこまでやつれてはいなかった。昨日気さくに笑っていた姿にも少し無理が見えた。
「加護の力も弱まっているようで、町の端にバイラ兵が現れる報告が増えています。このままでは……」
「きゃーっ」
廊下の奥から女の太い悲鳴が響き、二人は身構える。「姫様の部屋だ」とパルガスが駆け出そうとしたところで、悲鳴の方角から恰幅のいい女が飛び出してきた。
「ああーっ、パルガスさん! もう来てたんですね」
「ブレンダ殿、姫様に何か?」
「まーた窓から逃げ出したんですよ。ここ四階なのに……」
「窓から……」
王女がなぜ部屋の窓から逃げ出すのか。理解できず唖然とするレイオをブレンダが見る。
「あら、こちらが新しい護衛の方? ……ずいぶん若いのね。ごめんなさいねぇ、お目通しはまた後日に」
そう言って頭を下げると、「ひぃ~めぇ~」と呪詛を置き去りにしながら駆け抜けていった。
「……というわけで、今日は適当に過ごしてください」
そしてパルガスも去っていく。
レイオはしばし呆然とした。窓から脱出する王女、そんな奴を護衛しなければならないのか。先が思いやられるが、とりあえずは暇になったので日課の訓練でもしようとふらりと歩き出す。
廊下を抜け階段を降りる途中、ふとポケットに手を入れると何かがかさりと触れた。取り出してみると一枚のわら半紙。
「ああ、そういえば」
紙を開いてミサの顔を思い出し、「まあ暇だからな」と呟いた。
昨日の記憶を辿って住宅街を歩き、脇道に入ったあとは紙に書かれた住所を頼りに狭い石畳の道を縫う。その手には薄紙に巻かれた一輪の花。変な気はない……つもりだが、女性を訪ねるのに手ぶらというわけにはいかない。
道の要所には街灯を兼ねた番地案内のポールがあり、それによるともう間もなくだ。そして次の角を曲がると人だかりが目に飛び込んだ。
十人前後の大人が一つの間口の前に集まる、心なしか物々しい様子。「どうかしたんですか?」と声をかけた。
「町の外れでまた怪物が出たんですが、そこにミサが……娘が」
半泣きの中年女性にそう言われ、ハッとして家の方を見る。煉瓦作りの家屋、目を凝らすと木枠のはまった窓越しに床に伏せる老女の姿が。
おばあちゃんのための薬草……まさかまたあそこに……
「祓瘴士には?」
「今政府に入報した」
手近な男がそう答える。政府に連絡したということは府属の分隊で最寄りの者が動くのだろう。普通に考えれば心配はないが、城で聞いた加護の弱まりの話、何か嫌な予感がする。
花を投げ捨てレイオは駆け出した。
「ちぇりゃあっ」
鎧の男の振るった剣がバイラ兵を捉える。袈裟懸けに切られ「ギュロロロ」と奇妙な声を出しながら土塊となり崩れ落ちた。
後ろでは三人の祓瘴士が十体近いバイラ兵を相手取っている。いずれも黒い軽装鎧に揃いの剣。府属祓瘴士の分隊だ。
四体を同時に相手する隊長格は、一体を素早い動きで切り裂くと背後の一体を投げナイフで牽制し、その隙に前の二体を流麗な剣捌きで攻め立てる。
一体を剣で倒し、一歩引いた隣の一体には投げナイフを頭に命中させる。そして背後から飛びかかる最後の一体を振り向きざまに切り捨てた。
残りの二人も手練れの動きで複数体を事も無げに倒す。男はそれを見届けた後、離れた木に視線を移した。その後ろに隠れる女、ミサは昨日の場所と程近いここでまたバイラ兵に襲われており、どこから聞いてか現着した府属の分隊と協力して戦った。
自分は一体倒しただけ。府属の強さには内心舌を巻くが、女を意識し格好をつけながら胸を張る。
「歯応えがなかったですね。まあ私まで加わればこんなものでしょう。私も実はこれから府属の試験を受けようと……」
「いや待て、この数は異常だ。何かおかしい。本隊へ連絡を」
隊長格は表情を崩さずそう指示し、部下の一人が動こうとした時、突如として機械の回る爆音と湿った木の削れる音が響く。
全員が音の方を見る。そこに立つ木の幹が、高速で回転する丸い鉄板により粉を散らしながら削れてゆく。鉄板が完全に通り抜けるとメリメリと音を立てて幹が倒れ、その後ろに巨大な異形が姿を見せた。
「くへへへ、ようやく出てこられたぜ」
言葉を話すのにまず驚くが、体もバイラ兵より一回り大きい硬質的な暗褐色、両腕と頭から尖った鎖の張られた丸い鉄板が生えていて、一見して異質な姿だ。謎の力で鉄板をブイン、ブインと回転させ、鎖を動かして見せる。
そして祓瘴士たちと、土塊となって転がるバイラ兵の残骸を交互に見、言った。
「なんだてめぇら。兵士たちを殺りやがったのか。俺はチェンソーバイラ。ちょうどいい、肩慣らしに切り刻んでやるぜ」
「うわぁぁぁ」
府属の一人がチェンソーバイラに掴まれ、片手で軽々と放り投げられる。そして近くの木にぶつかり気を失った。
「うおぉぉ」
もう一人が切りかかるが腕の鉄板で止められ、押し合いになったところで再び鎖が回り出した。金属の悲鳴とともに火花が上がり、木の幹と同じように剣が削れていく。
そして切っ先が吹き飛び丸腰になった府属は、胸のあたりを切り裂かれ草むらへ転がった。
「手応えねぇなぁ……お?」
チェンソーバイラは足元に何かを見つける。完全に腰を抜かし、木のそばで縮こまるミサだった。
「へへへ、おらぁ!」
「やめろ……うわぁぁぁ」
ミサに向けられた鎖の刃の前に鎧の男が身を投げ出す。鎧は無残に切り裂かれ、中から鮮血が飛び出す。
「嫌ぁぁぁ、あ」
それを間近で見たミサはとうとう泡を吹きながら失神した。
「くそぉぉぉ」
隊長格がナイフを投げながら剣を振り上げて飛びかかる。だがナイフは全て暗褐色の皮膚に跳ね返され、剣もあっさり鎖鉄板に撥ね飛ばされた。そして胸を十字に切られ、血を吐きながらどさりと倒れた。
チェンソーバイラはふんと一つ鼻を鳴らした後、腕についた血を払いながら足元で伸びるミサを見た。
「これ、使えるかもなぁ」
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