第1話 2/4

 道中、「あの人、置いてきてよかったのかな」とミサが言う。

「まあ大丈夫だろ。あの辺で奴らが出るのはレアケースだ」

 気絶した鎧の男は面倒だったため放置した。一応風邪を引かないよう小屋にあった毛布をかけてあげた。

「心配なの? 無理矢理連れてかれそうになってたのに」

 レイオの問いに、ミサは少し困った顔をする。

「うーん。一応助けてはもらったからさ、あの……怪物から」

「そういやなんであんなところにいたの? まだ立入禁止の場所ではないけど、行かない方がいいって言われてない?」

「おばあちゃんのための薬草を採りに行きたくて。市場では売ってないの」


 周りの景色には段々と家が増えてきて、人の往来も出始めた。アンジリアの住宅街では主流の、石造りの町並み。

 ミサがまたぽつりと口を開く。

「ねぇ、レイオもその、祓瘴士なの?」

「そうだよ。城に行くのもその用事だ。もう遅刻だけど」

「あの怪物ってなんなの? 森にはあれが出るって、話には聞いてたけど……。あれが出るから、森の中へは祓瘴士が一緒じゃなきゃ入っちゃいけないの?」

「あれは『バイラ兵』。瘴気から現れる怪物だ。加護の光でしか完全には祓えない。町中は加護の力に守られてるから瘴気は出てこないけど、あのあたりまで行くとごくたまに、ね」

 横からレイオの顔を覗き込み、ミサが感心した声で言う。

「へぇー、加護の光で瘴気を祓うのが祓瘴士なんだ。あんな怖いのと戦うなんてすごいね」

「いやぁ、あんなんは雑魚だよ。瘴気の濃いところだともっとすっげぇのが……」

 子供をお化けで脅かすように手をひらひらとさせて見せると、ミサはクスリと笑った。

「面白いんだね」


 そして何やら嬉しそうに節をつけて歩き、脇道を指差した。

「あ、私こっちだ。お城はこのままずっと真っ直ぐ進めば着くから」

 手を振りながらそちらへ小走りで向かい、足を止めた。振り向いてまた小走りで戻ってくる。そして赤らんだ顔でわら半紙を一枚、畳んだ状態で差し出してきた。

「今日はありがとうレイオ。良かったら明日このメモの場所に来てくれない? また会いたいの」

「あ、ああ、うん。考えとくよ」

 彼の方も少し赤面しながら受け取り、走り去る彼女の後ろ姿に小さく手を振った。




 王城の周囲は堀が取り巻く。橋を挟んで対岸にある城門の前、警戒の槍を構えてくる門番に、レイオはブレスレットを見せる。

「失礼しました。国防室には連絡しておきます。開門!」

「いいよ。機械動かすの時間かかるでしょ。自分でやる」

 そう言って、身の丈二倍以上もある門扉に手を当てた。体が前傾するとともに足元の地面が抉れ、乾いた木のきしむ音が鳴る。腕と肩が服の上から分かるほど盛り上がり、鉄の蝶番の悲鳴とともに門扉の片側が押し込まれ始めた。そこから一歩、二歩。人が通れる隙間が出来たところで、レイオが振り向く。

「じゃあ、お勤め頑張って」


 彼が中に消えたあとゴゴン、と音がして門扉が閉まり、番の二人はひそひそと会話する。

「『王属おうぞく』はやっぱりおかしいな。あれ押し開けるのは鍛えてる兵士でも三人がかりだぞ」

「ああ、加護の力に関係ない、腕力だけでもあれだよ」

 そして門の中。堀を渡る跳ね橋の先で出迎えるのは見知った老人二人と、その周りに物々しい兵士たち。


「ちっす。王様まで出迎えに来てくれたんですか」

 白の法衣に身を包む日焼けした老人、国防大臣パルガスが眉間に皺を寄せる。

「困りますなぁ、一時間も遅刻とは。陛下は忙しいのですから」

「いやワシ暇だから。気にしない気にしない」

 そしてその隣、質素な布服姿の痩せた老人。髪は真っ白、その下の眼窩は濃い隈で縁取られ、長い髭が覆う頬は酷くこけている。この貧相な老人こそ、アンバー王国、国王その人だった。

「久しぶりだねぇ、レイオくん」

 気さくに笑うその目口の端に、深い皺が寄る。

「悪いっすね、遅れちゃって」


 ヘラヘラとした様子にパルガスは苦笑しつつ「ではこちらへ」と手招きする。目の前に広い前庭と、その奥に城の正面玄関。それを避けて右に折れ堀に沿って芝の道を行く。長く伸びる城壁が途切れると堀に面してぽつりと建つ小さな塔があり、一行はそこに入っていく。

 塔の中は細い高窓からの光のみが入る薄闇。石床の上に長椅子が二列に分かれていくつか並び、正面奥には舞台のように小高く上がった祭壇。その背壁には獅子の紋章を刺繍した大布が吊るしてあった。

 高い天井に足音を響かせながら、祭壇の前までパルガスは歩く。


「陛下、ではご準備を」

 国王が「はいよ」の一言を残し兵士らと祭壇脇のドアへ消える。パルガスはレイオに向き直り手を差し出した。

「ブレスレットを貸してください。……どうも。お父上から引き継いだものですね。十七歳でこれを使いこなすのは天才としか言えないんですが、如何せん性格がいい加減すぎ……」

「なんだよ」

「こほん。では陛下のご準備が整い次第、宣誓の義を執り行いましょう」




 張り詰めた静寂の中、カツン、カツンと床を叩く音が響く。音は祭壇の上、中央にある華奢な置き台に向かい端から徐々に移動していく。

 レイオはちょうど置き台から見下ろす位置に直立し微動だにしない。

 音の主、革のブーツと金飾のついた厚手の臙脂えんじのローブを纏い、頭には銀の王冠。権威的な衣装を重そうに引きずりながら、国王はゆっくりと中央に辿り着き、獅子の紋章を背にした。そしてローブの下から枯れ枝のような腕を伸ばし、置き台からレイオのブレスレットを手に取る。

「加護を授ける」

 髭の隙間からしゃがれた声が漏れ、ダンベルでも扱うように緩慢な動きでブレスレットを掲げる。するとその手が淡い光を纏った。光は消えそうに明滅し、国王の額に汗が浮かぶ。しばらくの拮抗の後、光はブレスレットの内に入って薄闇を強烈に照らした。

 その威厳に満ちた光の色は国王の瞳にも宿り、射抜くようにレイオを睥睨する。低く力強い声が響いた。

「この腕輪を取る者。アンバー王国十三代目国王の名において、この時をもって王属に任命する」

 背筋を伸ばし、ひりつくような歩みで段を上がり、レイオは輝くブレスレットを恭しく両手で受け取った。そしてそれを掲げたまま片膝を落として跪く。

「気高き獅子の紋に宣誓する。この身果てるまで悪を討ち、命を賭けて王家を守る。王属祓瘴士レイオ、ここに拝命賜ります」

 輝きは徐々に集束し、刻まれた獅子の目にキラリと光って消えた。

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