瘴気の王国
平川楓人
第1話 銀髪の少年
第1話 1/4
大陸を統べるアンバー王国、その首都アンジリア。
行政機関の総本部を兼ねた巨大な王城を中心に、裾野に城下町が広がる。王家の『加護』の力により高度な文明を築くこの国において最大の都市だ。
その町から少し外れた森の中、一人の少年が城に向かってのんびりと歩いていた。
身長は大人と変わらないが、ラフな布服に包まれた痩躯はまだ成長途中のアンバランスさがあり、銀髪の下の顔にはあどけさなが色濃く残る。「遅れそうだな。でもまあいいや」と緊張感のない呟いた。
そして森を抜け視界の先に点々と家が見えてきたころ、「やめてください!」と悲鳴に近い女の声が聞こえた。
森への入り口に建てられた無人小屋、その前で花摘みの女が鎧を着た男に腕を引かれている。
「おいおい、助けてやったんだから茶ぐらい付き合えよ」
「そんなつもりありません! 本当にやめてください! あ、ねぇ助けて!」
素通りしようとした少年は花摘み女に呼び止められ、億劫そうに立ち止まり視線を男の足元に移す。男は少年を睨めつけた。
「なんだガキ。なんで森の方から来るんだ。そこから先は『
そして腰にかけていた剣を掲げ、鍔に刻まれた獅子の紋章を示威的に見せつける。
「見ろ、俺は祓瘴士だぞ。しかも『一級』で、これから『
「それ、アンタが処理したの?」
少年は男の言葉を無視して視線の先の土塊を指差す。人間の手や足、その形状の面影を残しながらグズグズに崩れたそれは一見単なる壊れた泥人形。だが少年の目には周りにわだかまる黒い瘴気が見えていた。そして―――
「まあ俺にかかればバイラ
「きゃぁぁぁ」
男の自慢は女の悲鳴にかき消された。
足元から噴き上がる瘴気、その中から現れた影に一撃され男が「ぐわぁ」と吹き飛ぶ。
深緑と灰色が不気味な斑を描く体、仮面のような白い外骨格の頭を持つ異形の人型が次々に闇から現れ、顔の両側に空いた穴から威嚇するように黒い蒸気を吐き出す。
「くそっ、なんで……倒したのに」
体勢を立て直した男が異形に向けて剣を振るい、一体、二体と相手取って立ち回るが、その隙に三体目から攻撃を受けて女の隣まで吹き飛んだ。
呻く男。女が「ひいい」と腰を抜かす。二人の目前に異形たちの手が迫る。その時、その間に躍り出たのは銀髪の少年。
「あのさぁ、
洗い物の話でもするかのように呑気な苦言、それは気絶している男には届いていなかった。
「って、聞いてない」
その間にも異形たちは低く身構えながら獣の動きでにじりよってくる。少年は未だに緊張感のない目でぐるりと見渡し一人ごちる。
「バイラ兵五体。『このまま』でいいか」
そう言うなり、少年の左手首が光を放ち始めた。そこに嵌められているのは金属のブレスレット。側面に刻まれる獅子の紋章。
光の粒が溢れ出て、螺旋を描いて腕を登る。背後で女が再び「ひっ」と声を漏らしたのを合図に、少年は駆け出した。
拳が閃いて白い外骨格の欠片が舞い、最も手前の二体がのけぞった。それがまだ倒れぬうちに飛びかかってくる次の二体を光の軌跡が打ち抜く。光は体を通って右足に辿り着き、閃光のような蹴りが最後の一体の側頭を砕いた。
順繰りに倒れた五体は一瞬で水分が抜けたように崩れ去り、土塊へと還った。事が過ぎ去った後あたりに静寂が漂う。女の「え、すご……」の呟きを背に少年は土塊を一つ一つ改めた。
「大丈夫そうだな。じゃ」
「ちょっと待って! やだやだこんなところに置いて行かないで!」
女がべそをかきながら縋り付いてくる。
「私はミサ。お願い一緒に連れてってぇ~」
少年は面倒くさそうに「仕方ないか」と呟いた。
「俺はレイオ。城に行くから、市街までなら送ってやるよ」
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