第4話 幼馴染のやさしさ

「おっ邪魔しまーす」

「ああ、こらっ六花……」

 玄関を開けたとたんに彼女は俺の横をすり抜けて、部屋に飛び込んでいった。無邪気に靴を脱いでいる彼女に「子供かよ」とも思ったが、機嫌がいいに越したことはない。

「なっ、いった通り何もないだろ?」

 彼女の後にリビングに入った俺は、彼女の背中にそう言った。

 白を基調とした部屋の中にあるのは、テレビとベッドと机、テーブルくらいだ。別段立派な本棚があるわけでもないし、テレビ台の下にゲーム機のコードが絡まり合っている訳でもない、モデルハウスをクオリティダウンしたようなそんな部屋だ。

「まっ、良いんじゃない?ものがありすぎても狭いし……」

「こうやって人を呼ぶときには丁度いいくらいだな」

「よいしょ」と、買い物袋をテーブルの上に置いた。

 やっぱり結構重かったが、重たいから代わって欲しいとはさすがに言えなかった。グルグルと持っていた方の肩を回す。

「肩凝ったの?あんたも年ね~」

 気だるそうに肩を周り俺を見て、ふふっ、と困ったように眉をハの字にして微笑んだ。

「ほら、後ろ向いてっ」

「えっ?」

「いいからっ」

 彼女に言われるがままに彼女に背中を向ける。

 急に何だろう、不安だな。

 無理やり背中を向けさせられる、こういう感じの光景をテレビで見たことがある。

 タイキックか、タイキックをされるのか?

 それとも巻きざっぱ的なもので尻を叩かれるのか⁇

 少なくとも笑ったのは俺じゃなく彼女の方なので、どちらかと言えば「六花、アウト」の方向性だと思うのだが……。

 彼女が動くような、服と服が擦れあう音がした。

 何があるか分からないので、ギュッと目を瞑り、体をこわばらせる。

 だけど、尻に電流が走ることはなく。

 その代わりか、両肩に小さく暖かいものがポンッと載せられた。

 そして、ギュギュっと繰り返し俺の肩をもみほぐしていく。

「り、六花…………?」

「……………」

「……急にどうしたんだ?」

「…………ってくれたから」

「えっ?」

「だからっ、重い荷物を持ってくれた……そのお礼よっ」

 彼女がことが、照れていることは背中越しでもすぐわかった。

 えいっえいっ、と何度も俺の肩を細い指でほぐそうとしてくれる。

「なあ、六花」

「んっ、なにっ…………?」

「最近お前、俺に優しくないか……?」

「……………ッ」

「いった、何すんだよッ」

「最近ってどういう意味よ、それまで私あんたに優しくなかったみたいじゃないッ」

 俺はどうやら、地雷を踏んでしまったらしい。

 六花の指圧がめちゃくちゃ強くなる。

 いや、実際最近優しいじゃん。

 それまではただツンツンしてたお前が、急に女の子らしく振る舞うことも増えたじゃん。

 ……でももしかしたら、前から優しくしてたことがあったのか?

 最近俺が彼女を一人の女の子として認識したから気づくようになっただけで、実は以前から、今の俺が見れば可愛らしく感じる仕草や言葉を発していたのか?

 だが、今はそんなことを考えている暇はない。

「ああっ、そうだなっ⁉六花は前から優しいよなっ⁉」

「……ホントにそう思ってる?」

「ああっ、ホントだって!だ、だからっ、指を肩から離してくれっ……」

 何回も尋常じゃないくらいの力で揉み潰され、激痛への我慢も限界に達していた。

 本当に痛いんだよ……?

 俺の悲痛な思いが彼女にも届いたのか、指を肩から離す。

 ようやく俺は痛みから解放された。

「はぁっ、た、助かった……」

 筋が切れていないことを手を当てて確認する。

 肩もグルグル回したが、異常はなさそうだ。

 というか、普通に軽くなった。

「もうっ、そんなこと言うからよッ」

 彼女の方を見ると、ちょっとムスッとした表情だけど。

「ありがとな、六花」

「…………ッッ‼」

 俺が感謝を伝えると、しかめっ面をすぐに真っ赤に染めて。

少し間をおいてから、「……どういたしまして」と唇を尖らせながら恥ずかしそうに口にした。

「あっ……」

 下げた両手がピクリと動き、それに気づいた俺はぶんぶんと顔を振った。

「可愛いなぁ、もうッ」という思考で頭がいっぱいになっている。今も無意識のまま彼女に手を伸ばそうとしてしまっていた。

彼女と再会した今日一日を通して、俺の想いが爆発しそうになっている。

理性を保たなくては……。

だが、俺の「あっ……」に反応して彼女は俺の次の言葉を待っていた。

小動物のような純粋な瞳で小首を傾げてみせる。

「六花っ………………料理作ろうぜ?」

 精一杯のスーパーエゴを活用した俺は、シャツを思いきり握りしめ、激しい動悸を押さえようとする。

 そして、何とか別の言葉を絞り出した。

 何とか、耐えた――。

 このまま彼女に告白しそうになりかけたが、上手く誤魔化すことができたと思う。

 しばらくして俺の動悸も収まり始め、ホッと一息ついたその一方。

 六花は少し残念そうな様子でこちらを見ていた。







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