第3話 幼馴染との買い物
「……で、なんでここにきてるんだ?」
「些細なことは気にしちゃだめよッ!」
そう言って六花はカゴを手に取り、店内に入っていく。
六花が俺の家に来ると決まった後、キャンパスを出た俺達はなぜか俺の住んでいるアパートに行くのではなく、そことは逆方向にあるスーパーに来ていた。
彼女の進む方向に流れを任せてたら、いつの間にか来てたんだけど。
先に買い物を済ませておこうということだろうか。
俺も彼女に続いて店内に入る。
もちろん俺はこのスーパーを利用したことない。
というか、ここにスーパーがあったことすら知らなかった。
引っ越してからの諸々はアパート横のコンビニで済ませていたため、スーパーで何かを買う必要がなかったのだ。
自炊しようという考えも高校時代から毛頭なかったし。
だが、そんな俺とは対照的に。
六花はこのスーパーを何度か利用しているらしく、手慣れた様子でスーパーの中を進んでいく。
日頃彼女がどのような生活を送っているのか、彼女の後姿を眺めながら容易に想像できた。
意外にも彼女は自炊をしているようだ。
ここで食材を買ってきては、自分の食事を作っていると思うと彼女に対してちょっとだけ尊敬してしまう。
勝手に俺と同類だと思っていた彼女の評価が変わった。
最初に彼女が向かったのは野菜コーナーだった。彼女は山盛りにされたキャベツの前に行くと、どのキャベツがいいかいくつかのキャベツを持ちながら吟味を始める。
「どれがいいかなっ?」
次から次へとキャベツを持ち上げていく。
しばらくして大体のキャベツの選りわけもし終わり。
「うーん、これかなっ」とちょっと小さめのキャベツをカゴに入れた。
そして、おもむろに話しかけてきた。
「ねぇ、飛鳥って食べたいものってある?」
「……え、食べたいもの?」
「そうっ、食べたいもの」
「食べたいものか……」
「何かないの?カレーとか、ハンバーグとか……」
「うーん、………春だし、筍ご飯とか、かな?」
「ん~、筍ご飯か……。作ったことはないけど、やってみよっか!」
俺の要望を聞いて六花は「よしっ」と握りしめる。
「じゃあ、筍や三つ葉とか買わないと……」
そう言うと六花は早速、必要な食材を探し始めた。
材料の把握は出来ているらしい。
必要な食材を呪文のように復唱しながら、一つ一つ食材をカゴに入れていく。
しかし、新筍と真空パックにされた筍の水煮が並べて売られているのをみて、六花はいきなり固まった。どっちの筍を使って筍ご飯を作ろうか悩んでいるようだ。「新筍は美味しいけど高いしっ……」と小声で独り言をつぶやいている。
いつもとは違う六花の家庭的な一面を見て頬が緩んだ。
よくツンツンした態度で接してくる彼女のこういう姿も悪くない。
六花はいいお嫁さんになるな。
そう思い始めた頃。
「………………んっ?」
違和感が胸に引っかかった。
スーパーに入ってからここまでの事の運びを一つ一つ振り返っていく。
彼女から食べたいものを聞かれて……。
俺はそれに、普通に今食べたいものを答えたけど……。
そこでやっと気づいた。
あれっ、これって俺んちでご飯を作る気じゃね?
自分の家で作るんじゃなくて、俺のアパートで料理する気だ!
六花とのごくごく自然な会話で気づかなかったけど。
「な、なぁ六花……」
「ん~、なに~」
未だにどっちの筍を買うのか、財布の中身と相談していた六花に話しかける。
「お前って、俺んちでご飯食べる気?」
俺からの問いかけに。
「ん~、そうしようかなって思ってるけど」
当たり前と言わんばかりのスムーズさで彼女は答えた。
口調も緩くなっている。
筍に意識が持っていかれて俺の質問を気にも留めてもいない様子だ。
しばらくすると六花は新筍を買うことを決めたらしく、どの筍を買おうか選び始めた。キャベツ同様、一つ一つ手に取って吟味していっている。
やっぱり俺んちで夕飯も食べて行こうという気だったのか……
そんな話は聞いてないけど……。
筍を選んでいる彼女にそう言おうかと思ったが。
でもまぁいいか。
料理は彼女が作ってくれるみたいだし。
使っていなかった調理器具もやっと役に立つし。
そして何より、彼女が食材選びをしていてとても楽しそうだし。
彼女に歩み寄りそっと隣に行く。
「決まったか?」
六花はいまだ難しそうな顔で二つの筍を持ち、考えていた。
「う~ん、微妙ね。飛鳥はどっちの方が良いと思う?」
「……違い、あるの?」
「まぁそれなりにはあるわよ?例えば、皮の触り心地とか…………」
「よく分からんから、右の筍の方が大きいからそっちにしたら?」
「た、単純ねッ!」
「大きい方がお得感あるし、まぁ六花の好きなように決めてよ」
こんなのは知っていないと分からない。
俺は適当に自分の意見を言って彼女にゆだねた。
逡巡した後。
「……あんたがそう言うなら、そうしようかしら」
六花は左の筍を棚に戻し、右の筍をカゴに入れた。
俺の一言を採用したらしい。
あれ、素直だ。
いつもなら、「いや、これは左ねッ」といって俺の逆の選択肢を取ってきたり、「分かんないなら言わないでよッ」とちょっと理不尽ともとれるような返答が返ってきたりするのに。
そういや、夕飯メニューもそうだった。
自然に俺の意見を聞いてくれた。
普通、自分の意見を聞き入れてくれることは嬉しいことだけど。
彼女の聞き入れる姿勢に対しては逆に何だか不気味に感じる。
不気味には感じるけど……でもまぁ人間なんだからこういう日もあるか。
いつもツンツンしてたら疲れるしな。
俺は深く考えることを辞めて、次の食材を買うべく先を歩いていた六花についていく。
「ねぇ、飛鳥んちって米はあるの?」
「米は……あったと思う」
筍ご飯をするのに、ご飯が無ければ本末転倒だ。
でも、ご飯は5kgのやつがあったはず。
母さんが、「これ置いとくからね~」とアパートから実家に戻る際に言っていたような気がするのだ。
ちゃんと確認してないけど……。
「じゃあ、米は大丈夫そうね~」
そう言いながら必要な食材や調味料を効率よく店内を周りながらカゴに入れていく。
主婦かよっ、と言いたくなるぐらいの手際の良さだ。
醤油とかみりんなどが家にないことも俺との会話から想像できたらしい、既に買い物カゴに入っている。
本当に何もしていないという事を知られて、だらしなく思われたかもしれない。
それは恥ずかしい。
無言で入れられていたせいで余計恥ずかしい気持ちに拍車がかかる。
俺は、ここまで何もしてこなかった自分を悔いた。
料理など家事全般は母さんがやってくれていたし、手伝いも多くは妹が率先してやってくれていたから、今の俺の家事スキルはほぼ0に近い。
料理も家庭科でクラスメイトと協力して作ったくらいしか、やった記憶を思い出せなかった。
そんな自分を客観的に振り返り。
「今度からはたまに料理しよ」と心の中で密かに誓った。
六花に俺もやれば出来るという所を見せつけなければ。
俺がそうこう思考を潜らせている間にも、六花は食材をかごに入れて行っている。
カゴは結構いっぱいになってきていて重そうだ。
「六花、貸してっ」
「あっ、ちょっ……!」
六花からカゴをかすめ取る。
彼女ばかりに任せっきりで手持ち無沙汰だった俺にとってちょうどいい仕事だ。
彼女は不意にカゴを取り上げられ、ちょっとばかし驚いている。
「重いから、持つよ」
「そんな気を使わなくて、大丈夫よ?」
「俺何もしてなかったから、遠慮すんなって」
強引にカゴ持ちを引き受ける俺に。
最初は戸惑っていた六花も、ちょっとだけはにかむと。
小首をわずかに傾けて「ありがとう」と真っ白な、純粋な笑みを向けてきた。
そして、六花に微笑みを向けられた俺の心臓はまたしても大きく高鳴った。
鼓膜が揺れているような、そんな衝撃が耳朶から伝わってくる。
だが彼女は俺の態度を見ても「どうかした?」とでもいうような感じで、俺の反応をわざと誘発したような感じではなく。
逆にあざとく感じてしまう。
結局この後、買い物が終わってアパートに着くまでそのドキドキは収まらなかった。
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