第1話 幼馴染との再会
四か月後――――
俺は、第一志望にしていた大学のキャンパスに立っていた。
今になっても実感はあまり湧いていなくて、若干気持ちはフワフワしているけれど。
合格、したんだ――――。
レンガ造りの荘厳な研究棟やきれいに整備された桜並木を見渡す。
合格通知だけでは実感できなかったその現実を俺は心からかみしめた。
あの日――六花に志望校を告げた日を過ぎてから俺の成績は上昇気流に乗り始め、その勢いのままこの大学に合格したのだった。伸び悩んでいた頃は本当に合格できるとは思っても見なかったこの大学に。
そのせいで合格通知を見た時にホッとしすぎてその場にへたり込んでしまったのは、いい思い出となっている。
おかげで妹にはしばらく笑われたけれど。
でも本当にそれくらい嬉しかったんだ。
俺は、大学に合格したことを真っ先に六花に報告しに行った。
実はあの後、彼女は本気になって俺に勉強を教えに来てくれるようになっていた。
それまでとはうって変わり真面目な雰囲気を纏った彼女は「あんた、合格したいんでしょ?」と。
教室を飛び出していった次の日に俺の前に何食わぬ顔で現れたのだ。
不覚にも六花にドキドキしていた俺にとって、昨日の今日でのこの変わりように多少面食らいはしたものの。
だが、彼女が俺の勉強を見てくれると決まってからの彼女はすごかった。
彼女は自分のノートやメモを基に、様々な学習のポイントを俺に教えてくれた。
俺の苦手な英語の文法の理解の仕方や、長文読解のコツ。
日本史の年代や人物名の覚え方など。
六花は自分がこれまで積み上げていた勉強の引き出しを惜しげもなく俺に享受してくれた。
それも塾のように俺につきっきりで。
自分の受験は大丈夫なのか、と何度も彼女に問いただしたが、「私のことを気にする余裕があるんなら自分の事に集中しなさいよっ」とまるで母親が諭すように(そのことを六花に言うとえらく機嫌が斜めになったが)、本気になって俺を指導してくれた。
でも、何でこんなに俺を助けてくれるのか。
「あんたが落ちたら、そのマイナスオーラでこっちまで悪影響が及びそうだし」
と、口を尖らせながら「仕方なく」俺に付き合っていると言っていたけれど。
実際そんなのでは耐えられないくらい大変だったと思うし、俺の出来の悪さにうんざりしていたと思う。
それでも俺に付き合ってくれたのは、純粋に俺に頑張って欲しかったんだろう、と勝手に解釈している。
正直、幼馴染という綺麗な関係よりかは腐れ縁といった方がお似合いだと思っていた六花がこれほどまでに俺の事を助けてくれるとは思っていなかった。
俺のために理解しやすい方法を必死に考えてくれている彼女の横顔を見るたびに。
ありがとうでは言い表せないくらい、感謝してもしきれない気持ちが何度も胸に去来した。
結局、六花は進学する大学は教えてくれなかったから、彼女がどこに行ったのかは分からないままだけど。
本当に彼女には感謝している。
今はあいつもどこかで新たな生活をスタートさせているはずだ。
どこで何をしてるんだろう。
俺のようにキャンパスに立って、感慨にふけっているのだろうか。
それとも、既に一人暮らしを満喫してゲームとかばかりやっているのだろうか。
それを考えると、ちょっとした寂しさもこみ上げてきて。
高校時代までは確かにあった充実感がここに引っ越してから心から抜け落ちているような感じがする。
六花同様、俺も彼女と話すことを少なからず楽しんでいた。もちろん勉強の邪魔だったから鬱陶しいこともあったけれど、長年の関係性というものの心地よさは何物にもたとえられないものがあって。
俺の一つのリフレッシュ的な時間であったことも間違いなかった。
他愛もないことを長々と話し続けた日々が思い出される。
あの何でもない日々を懐かしく、そして愛おしく感じてしまう。
時間的にはあまり経っていないはずなのに、大学に入学したというだけで、それ以前の事を昔の出来事として思い出している、そんな感覚に襲われた。
彼女の笑顔がフラッシュバックされる。
過去を懐かしむと共に戻らないあの日々を振り返って、自ずと感傷的に気分になってしまった。
そして、ふと。
彼女に会いたい、と思った。
でも、それは無理なお願いなのは十分に分かっている。
ここに彼女はいないのだから。
仕方なく俺はポケットからスマホを取り出し、彼女のアカウントをタップする。
最後の連絡は、2週間前。
それは、お互いに忙しくなり始めた頃で。
これ以降はドタバタ続きで連絡も取る余裕もなく、そのままとなっていた。
【今何してる?】
直接会えないのなら。
せめて電話でもいい。
久しぶりに彼女の声を聞きたかった。
文字を打つ手に自然と力がこもる。
そして打ち終えると、すぐに送信ボタンを押した。
そのとき。
俺が送ったのと同じようなタイミングで、後ろ、それも本当に俺のすぐ後ろからピコンッと通知を知らせる電子音がなった。
驚いて、バッと体を回転させる。
何かの偶然だろう。そう思ったが、何かを期待している自分がいた。
そして、振り返った先にいたのは、可愛らしいベージュの春用コートにワンピースを纏った一人の女の子だった。
俺が突然振りかえったことに驚いているのか、分かりやすく戸惑っている。
だが。
「ひ、久しぶりねっ……飛鳥」
彼女は少し高圧的とも取れるような態度で俺に話しかけてきた。
墨のように黒く光るショートカットが風になびく。
彼女の切れ長の瞳が俺を射抜いた。
鈴のような甲高い声で名前を呼ばれ、俺は一瞬狼狽えてしまう。
そんな俺の様子に不安を覚えたのか、彼女の方も「う、うそでしょ」とブツブツ言いながら焦り始め。
「ま、まさか、分からないっていうんじゃないでしょうねッ」
「えっ、いやっ……」
彼女は俺の態度が「あんた、どちらさん?」と思っての態度と勘違いしたようだった。
俺は彼女からの問いかけをすぐに否定する。
もちろん分からないわけがない。
10年以上知っているのだ、間違えるはずがないに決まっている。
髪を切り見た目は大きく変わっているが、俺の目の前には紛れもなく。
――六花がいた。
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