第10話 作戦サーモンローラー

 "つるとんたん"で、俺達3人は食事をしながら酒を酌み交わしていた。


「お?いるちゃん、結構お酒いけるんだねー。サトルちゃんはどうしたんだい?今日はあまりお酒が進んでないみたいだけど?」


 在多(あるた)いるはショコラビアを既に4杯呑んでいる。旧友の壁川まことは獺祭を2号。俺こと、六本木サトルは「つる」ハイコークを一杯ゆっくりと呑んでいた。



「まこと、今日は大事な相談があって呼んだんだ。すぐに酔ってしまっては説明が適当になる。」

「別にいいじゃないかい?相談事ってのは、基本は憂さ晴らしなんだ。酒に酔って管を巻く事はとてもストレス発散になるよ。最近、仕事で疲れているのかな?」

 相変わらずノリの軽い男である。


「そうではない。まあ、仕事は確かにストレスが溜まる。だが、もっと面倒な事が起きた。基本、俺は面倒事が嫌なんだ。」

「ま、確かにサトルちゃんは昔から面倒な事は避けて来たからね。省エネってやつだっけ?でも、こんなに可愛い彼女がいて面倒事ってのは何かい?いるちゃんの両親が結婚を許してくれないとか?」


 俺は一つため息をついた。当のいるは、クリーム三昧のおうどんを既に平げて、馬刺しに手を伸ばしている。全く、いくらまことの奢りだとしても高い物を頼み過ぎだ!



「まことは勘違いをしているが、こいつは彼女でも何でもない。単刀直入に言う。こいつは、俺に取り憑いている幽霊だ。」


 まことは、全く動じずニヤニヤしている。

「だから言っただろう?僕は幽霊等のオカルトは信じないってね。それは、サトルちゃんだってよく分かってるはずだよ。何の冗談だい?まさか、2人で夫婦漫才でデビューでもしようってわけかい?」


 言っても信じないのは分かっていた。だから俺は、この場所である作戦に出る事にしたのだ。作戦名は「作戦サーモンローラー」!



 俺は、いるの方を向き、命令を下す。

「おい、いる!隣のテーブルの客がまだ手を付けてないサーモンロール寿司がある!それを全部、食べてしまうんだ!」

 突然の事にいるは驚く。


「え!そんな人様の物を食べるなんて、いるには出来ませんよー!」

「いいんだ!やれ!後で同じ物を頼んで隣の客に渡す!俺が金を払う!いいから食べるんだ!でなければ帰れ!!」


 流石に俺の無茶ぶりに、まことも一瞬凍りついた。

「いや、サトルちゃんさ?何を言ってるんだい?あまり意味が理解…」

 まことの言葉を遮り、俺は言う。

「まことは、ちゃんと隣の客の反応を観察してくれ!決して酔ってた等、言い訳できないように、しっかり目を凝らしてな!」



 まことは、俺の真剣な顔と圧力でゴクリと生唾を飲みながら、いると隣の客を交互に見ている。



「さあ!いる!食べるんだ!」

「あー!もう、サトルさん、どうなっても知りませんからね!」

 と言いつつ、勢いよく隣の客のテーブルに置いてあるサーモンロール寿司を食べ尽くした。



A「あれ?お前、食べた?」

B「ん?いや。お前が食べたんじゃね?」

A「いやいやいや、なんか一個ずつ消えたように見えたけど…。」

竜兵「ははは、お前ら大分酔ってんじゃねーのか?」

A「いや、竜兵さん!俺はマジで食べてないっスからね!」

B「バカやろう!お前が食べといて難癖か?また頼めばいいじゃねーか!」

竜兵「何揉めてんだよ!やめろって!」

A「俺は食べてねーぞ!Bお前が払えよ!」

B「ちっ!てめーは本当に器がせめー奴だな!だったら俺が払ってやるから注文しろよ!」

A「はあ!?器が小さいだ?じゅあいいわ!俺が払うわ!てか、ここのお代、俺が全部払ってやらあ!」

B「かっこつけるな!安月給が!ここは俺が全部払う!」

A「俺が払うって言ってんだろ!」

竜兵「もう、やめろって!!ここは俺が全部払うからさ!」

AとB「どうぞ。どうぞ。」

竜兵「何だよ!」



 なんてくだらない小芝居…。しかし、まことはちゃんと見たはずだ。この光景を。

「どうだ?まこと。あいつらは、いるが食べた姿が見えてなかったんだ。」

 それでも、まことは納得いかない様子だ。

「いや、サトルちゃん。あの3人は相当酔っているんじゃないのかな?」

 全く、仕方がない…。



 俺は改めて、いるを見て命令を下す。

「いる。今食べたサーモンロール寿司の皿を割れ。」

「えー!それは流石に迷惑過ぎますよー!」

「店には俺がちゃんと弁償する。なんなら迷惑賃だって払ってもいい。これは命令だ!成仏出来なくてもいいのか!?早く、あの皿を割れ!さあ!皿を割れー!!!」

「ひー!」

 と驚きを見せながらも、いるは行動する。俺の大声で、3人組もこちらを見ている。俺は3人組にも声をかける。

「そこの3人のお客さんも!自分達が酔っていないって思って、しっかり見るんだ!!」




 気が付けば、店全体が静まり返った。




 ガシャーン!!!




 皿は勢いよくテーブルの上で音を立てて割れた。

 俺は、すぐさま席を立ち、3人組に言った。

「勝手に割れたように見えたか!?それとも、ここに女が居て皿を割った姿を見たか!?どっちだ!!」

3人組「…勝手に浮いて」


 俺は店中の他の客にも目を向けた。

「さあ!どうだ!?他のお客様も誰かが、この皿を割った姿が見えたか!?」


 答える客は誰も居ない。俺はこの作戦を何とか穏便に終わらせる為に、こう言った。


「これがハンドパワーです…」


 その瞬間、全員の客が俺に拍手喝采をした。その後、店員さんに丁寧に謝り、弁償料金を払おうとしたが、断られた。良い店である。"つるとんたん"


 ちなみに3人組もサーモンロール寿司代は払わなくてよいと言ってくれた。

 結局、竜兵が3人分のお代を払ったのは言うまでもない。



 落ち付きを取り戻した店内の中で、俺はまことに問うた。

「まこと。これで、いるが俺とお前にしか見えていないと、流石に理解したんじゃないのか?」


 まことは軽く深呼吸し答えた。

「確かに、今、目の前で起きた事を疑うなんて出来ない。テレビのどっきりでもなければね。でもサトルちゃんはタレントでも無ければ芸人でもない、ただの一般人だ。もちろん超能力者でもないしね。これは信じるしかなさそうだな。そうか、この子は幽霊なのか…。でも、変だ。僕は今まで幽霊なんて一度も見た事がないのに。」

「はっきり見え過ぎて、今まで気付かなかったんじゃないのか?」

「まさか?僕はそんな鈍感ではないはずだ。」


 なぜ、まことには、いるの存在が見えるのか、それは分からない。だが、流石のリアリストのまことも、ようやく理解してくれたようだ。

 ただ、まだ面倒なのが…。



「それで、まことに相談なのは、いるが幽霊だと理解した上での話なんだ。」

「なんだい?幽霊に恋をしちゃいましたとかかい?」

「ち、違う!…あのな、いるは幽霊と言っても、ただの幽霊じゃないんだよ。」

「どういう事?」


 俺だってまだ信じられない話なのだ。

「いるは、未来からタイムスリップしてきた幽霊なんだよ!!」

「な…???」

 あまりの展開に、まことはしばらく宙を見上げてしまった。



 ふと、いるの方を見ると、ちゃっかり馬刺し盛り合わせを1人で全て平げていた…。おいおい。


 だが、俺も作戦を終え少し緊張が解けて腹が減ってきた。


「すいませーん。俺にも獺祭と、後、いるもショコラビアおかわりするか?オッケー。それと、つるとん三昧!ん?何だよ。まだ、お前、頼むのか?大食いだな。じゃあ、それを二つ!お願いしまーす!」



 そして、隣でまことが言う…。

「僕、給料日前なんだけど…。」

 まことよ…。ちゃんと半分出すから見栄張るのやめろよ…。






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