どうしていつもこうなんだ
@kamometarou
どうしていつもこうなんだ
一、プロローグ
いまの僕の救いになっている、かつての友人へ。
遅すぎる「ありがとう」の言葉と、当時の僕の代わりに言う「ごめん」
このエッセイが、あなたたちへ送る僕からの手紙です。
二、理解者
どこまで逃げても、いつまで待っても、最後にはこの世界は、僕の色に染まっていく。
いつもいつも、おんなじことの繰り返し。
「どうしていつもこうなんだ」
思わず吐き出した言葉は、見慣れた住宅街の風景に溶けていく。
鉛色に染まった空の下、僕の心は、この「ゴキブリ」のような惨めな人間の、理解者を求めていた。
三、僕を理解してくれる先生
「君のような子を救えなかったことが、ひとりの学者として、ひとりの支援者として、申し訳なく思います」
初めて会ったとき、先生は僕にこう言った。
先生が言わんとしていることはわかった。発達障害の特性をもつ僕を、周りが理解してあげられず、抑うつ症状などの二次障害を生じさせてしまったことに対して、先生は部外者ながらも責任を感じているのだ。
先生は、誠意の塊のような人だと思った。先生のような人に出会えたことは、僕にとって幸せなことだと思う。
けれども、先生は初対面の人だ。今まで僕が生きてきた中で関わりを持った、学校の先生や、塾の先生ではないのだ。先生が謝る必要はない。
頭を上げてください。僕は、心の中でそう言った。
四、外科の女医
その女医さんは、いつまでも頭を垂れていた。
傷の処置に集中しているのがわかる。大きく開いた僕の左手首の傷に黒い糸を通し、慣れた手さばきで傷を塞いでいく。
ときどき、プツン、プツン、と、糸をハサミで切る音が聞こえる。その音がなぜだか、軽快で心地よかった。
傷の施術が終わると、ようやく女医さんは顔を上げた。傷を縫う手さばきを見て、てっきりベテランのお医者さんかと思ったが、むしろその逆で、「私はまだ医者になりたてです」とそこに書いてあるような顔だった。
僕の目を見て、施術後の傷の扱い方についての説明をしてくる。
少し居心地の悪さを感じた僕は、目が合わないよう顔を伏せた。
話を耳だけで聞き、ときどき頭を縦に振って相槌を打つ中、僕は左手の手のひらに感じる体温に気づいた。女医さんの手が、僕の手のひらを上から覆っていた。
勘違いかも知れないけれど、この女医さんは、僕の傷ついた心を励まそうとしてくれているのかもしれない、そう思った。少なくとも、僕という一人の人間を、人間として見て、丁寧に扱ってくれているのは確かだ。
外科に行く前は、診察を担当した医師に、腕にできた傷に対して白い目を向けられるのではないかと不安だった。しかし、実際に診察を受けてみると、女医さんの言葉や態度には、リストカットに対するある程度の理解を感じた。
もしかしたら、外科には僕のような人も一定数受診しに来るのかも知れない。
てっきり冷たい態度を取られると思っていた僕は、拍子抜けをした。
五、靴をプレゼント
相手に冷たい態度を取られようが、謎の人間だと思われようが、そのときはそんなことどうでもいい。
自分では処理しきれない困難な状況に対面したとき、僕は履いていた靴を相手に差し出し、素足のまま一目散に逃げ出す。
自分でも、それが「おかしい」ことだとはわかっている。
だが、そうすることしかできなくなるのだ。
対人場面における困難を、どう処理したらいいものかがわからない。否、冷静なときには発想できても、いざ頭がパニックになってしまうとダメなのだ。
自分でも、なんとも情けないことだと思う。
六、元カノの母親
「あなたみたいな情けなくて、頼りない人が、自分の娘の彼氏だと心配になります。あの子とはちょっと……別れたほうが良いんじゃないかしら……と、どの親でも必ずそう思います。だから、私はあなたに『別れれば?』とたびたび言うのです」
僕は、元カノのお母さんに、面と向かってこう言われた。
一般的に、未成年の恋愛には、親の干渉が付きものだという。そうは言われても、釈然としない気持ちがまだ僕のなかには充満している。
泣いたこともあった。死にたいくらい、辛い気持ちになったこともあった。
元カノのお母さんが口にする言葉や僕にとる態度は、それほどまでに僕の心を傷つけた。
そして、今もなお、僕の心のなかでナイフを持って暴れている。
僕がこれほどまでに傷ついたのは、きっと、彼女の言葉が、直に僕の発達特性を写し出しているからだと思う。
一度、元カノと元カノのお母さん、それから僕の三人で談笑をしていたとき、僕の何気ない言葉で、元カノが怒り出してしまったことがあった。
僕には原因がわからないのに、相手が僕の言葉に怒り出すというようなことは、今までにも数え切れないほどあった。中学生の頃は、友達に「天然の煽り」とからかわれた。
その時も、僕の「天然の煽り」が発動したのだと思う。
元カノのお母さんには、あとからチャットでこう言われた。
「私の娘を傷つけないでください」
「きちんと考えてからものを話すようにしてください」
僕にも、きちんと考えてからものを話せば、相手を怒らせない言葉を選ぶことはできることがある。
しかし、できないこともある。
ただし、これは、万人に共通することでもあると思う。
僕の場合は、これが「苦手」ということだ。
とりわけ、談笑している際には、じっくり考えてから発言をするのは難しいので、この手の失敗は付きものだ。
七、苦手なこと
先の話に出てきた、元カノのお母さんだが、彼女の苦手なことは、怒りの感情のコントロールだと思う。
彼女が僕に対し攻撃的な物言いをする理由を、元カノが聞き出したことがあった。
その理由は、僕の発言がいつも挑発的だからだそうだ。特に、丁寧すぎる敬語が気に触るらしい。つまり、「丁寧すぎる敬語」は彼女からしたら「挑発的」なのだろう。
ちなみに、元カノのお父さんからも、僕の言葉が「煽り」だと捉えられたことがあった。
僕は、とても真剣な内容の手紙を彼宛に出したことがあったのだが、彼にはシカトされた。出す必要を感じ、僕なりに必死で書いた手紙を、彼は「煽り」だと解釈し、「何が問題だったのか自分で気づいてほしい」ということで、無視をされてしまった。
彼に悪意があったのかどうかは不明だが、自分で考えたところで、僕には皆目理解できなかった。どこが「煽り」なのかがわからずに困惑した。それどころか、自分の誠意を絞り出して書いた手紙を無視されたことに、深く傷ついた。
ところが、僕の周りの人たちは、僕の手紙を読んで「煽りだと受け取られても止む終えない」と言った。
八、被害的な思考癖
煽りではないのに、煽りだと受け取る。
攻撃ではないのに、攻撃だと受け取る。
嫌われていないのに、嫌われていると思い込む。
このような思考を、被害的な思考という。僕には、被害的な思考をする癖がある。
その理由の一つは、相手の「本気ではない」発言を「本気だ」と思ってしまうことだ。顔がキモいと言われた。お前は笑うな、喋るな、口を開くなと言われた。サイテーだねと言われた。
言葉のひとつひとつを、すべて「本気」にしてしまう。
もしかしたら、相手からしたら戯れのつもりで言っているのかもしれない。しかし、その微妙なニュアンスの違いに気づけないのだ。
そんな僕だが、先述した、中学生の頃友達に言われた「天然の煽り」という言葉は、僕に対する良質なからかいだとわかった。
僕がそれに気づけた理由のひとつに、僕をからかった友達が、信頼関係を確立した相手だったからというのが挙げられると思う。
「この人は、僕を理解してくれている人だ」と、そんな良い意味でのバイアスがかかっていた。
九、理解してくれていた相手
「僕を理解してくれていた」と、今だから思える相手と、当時からわかっていた相手がいるが、どちらにせよ、僕はかなり友達に恵まれていたと思う。
中学生のときも、高校生のときも、僕を「天然の煽り」だとからかいながらも、その性質を理解し仲良くしてくれた友達が必ずいた。
自分の特性のせいで、人間関係に歪みが生じたとき、自分のことをまるで「ゴキブリ」のようだと感じるが、今の僕にとって、彼らの存在は救いとなっている。
本当にありがとう。彼らにそう伝えたい。
とはいえ、彼らは、僕の人生に全面的に関わってくるわけではない。
全面的に関わってくる相手といえば、家族、婚約者または妻、相当深い繋がりがある友人、等々だ。
彼らと関わりを持っていた当時の僕は、彼らのような「浅い付き合いの友達」を重要視していなかったと思う。ゆえ、そのかけがえのなさにあまり気づけなかった。
そのことを、今更ながら、申し訳なく思っている。
十、元カノに対して感じる申し訳なさ
元カノには、別れた今でも、かなり大きな申し訳ないという気持ちがある。
元カノと付き合っていたとき、僕の精神状態は、荒れに荒れていた。それは、やはり元カノの両親とのトラブルが原因であるが、かならずしも原因はそれだけではなかった。
元カノは、僕の「被害的な思考癖」や「対人関係におけるトラブルに対処する力の無さ」と、悪いように化学反応を起こしてしまう性質を持っていた。
僕の過ちを、簡単な言葉にして並べると、元カノへの過度なまでの不信感と、自分の心の問題を元カノに一緒に背負わせようとしたこと、そして、別れたり付き合ったりを何度か繰り返したことだ。
自分の心の問題を元カノに一緒に背負わせようとしたというのは、元カノに対して精神の不調を頑なに訴えたということだ。精神の不調を訴えられても、どうしようもできずに困惑するだけだろう。また、訴えるにしても、節度というものがある。
別れたり付き合ったりを繰り返したというのは、困難の対処を、元カノに丸投げしてしまったということでもある。
どういうことかというと、「別れる」「付き合う」の決定を元カノに委ねてしまったのだ。別れ話を持ち込むのは決まって僕のほうだったが、別れるのを元カノがかなり嫌がり、別れたあとも、元カノが相当辛そうにしていたので、それに我慢できなくなった僕は、数時間後には「やっぱり別れるか付き合うかはそっちが決めて」と、別れ話を帳消しにした。
元カノのお母さんの言うように、確かに僕は「情けなくて」「頼りない」彼氏だったと思う。
果たして、どこまでが発達特性のせいなのか判断がつかないが、決定的な要因とまではいかずとも、多少の関係はあるのではないか。
十一、エピローグ
僕の精神状態は、元カノと別れたのち、数カ月たってから、一気に悪くなった観がある。
付き合っていた時も、十分に悪かったのだけれど、後から自分の失敗にじりじり気づき始めて、到底自分一人では抱えきれないほどの大きなしんどさになってしまった。
と、言っても、今はだいぶ気持ちが安定してきた。
それは色々な人の支え合ってこそ。
とりわけ、僕を理解してくれた人たちの存在は大きい。
その中には、かつての友人たちの存在も入る。
十二、おまけ
左手首の傷についてだが、外科の女医さんに縫ってもらった数週間後、何箇所か糸が解れて取れてしまった。
おかげで、傷の跡が本来より大きめに残ってしまった。
怒ってはいないが、少し可笑しくなってしまった。
「やっぱり、ペイペイのお医者さんだったんだ」
微笑ましく思い、笑みがこぼれた。
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