第8話 警戒


 結局私は、どんなに断っても引かないカーミアさんを説得することはできなかった。

 それでも、なぜかはさっぱりわからなかったが、カーミアさんは信頼できるという気持ちが私の中に芽生えていた。会って間もないカーミアさんに、あれほど時間を共にした村の人たちにも寄せられなかった信頼感を感じていたのだ。


(不思議な人だな……)


 人付き合いということにおいてはまったくの素人である私だが、今は自分の感覚を信じてみようかな、などと思えるくらいには、カーミアさんに懐柔されていたのだった。





 ライラさんとカーミアさんの二人と過ごすようになってから数日も過ぎると、早々にこのティーメル村を経つことになった。

 元々カーミアさんの言っていた通りこの村での用事は済んでいたため、アーザム領に向けて旅の支度を整えていたところだったそうだ。

 メンバーに私が加わったことで滞在期間が少し伸びてしまったそうだが、二人は気にするなと言っていた。


 ティーメル村から出る時、相変わらず村の中を警戒しながら進んでいく二人を見て、私はふと思いついた疑問を口にした。


「……お二人は、何に警戒しているのですか?」


 私は角が生えてきたあの日から、人の目を気にするようになった。

 常にどこか警戒心を抱いて過ごしてきた私にとって二人の行動は当たり前のものだったが、よくよく考えてみると人である二人が、どうして人里の中でこんなにも警戒をしているのだろうか。


 私のその疑問に二人は顔を見合わせると、カーミアさんが口を開いた。


「この前教えてあげた話は覚えてる?今世間は魔族が滅んだんじゃないかって思ってるっていう話」

「はい」

「私たちの主張はその真逆だから、私たちの活動をよく思わない人もいるのよ。特にお偉い貴族さんたちとかね」

「……」

「帝国じゃ、街の中にいる限り私たちの居場所は把握されているのよ。なぜだかわかる?」


 私は少し考えてから、持っていたペンダントを取り出して見せた。

 カーミアさんはそのペンダントを見ると、満足そうに頷いた。


「そう。もちろんペリットちゃんみたいなどこにでもいる子なら誰かまでは把握されていないだろうけど、私たちみたいに顔がある程度知れ渡ってる人なら、顔を隠したりなんかしてもバレちゃうのよね」


 カーミアさんは、困ったように少し首を振った。


「つまり、私たちは監視されてるってわけ。きっとペリットちゃんももうその対象に入ってるんじゃないかしら」

「私も……」


 それはとても困る。水浴びをするときはいつも警戒心を最大にしているが、もしそこを見られてしまったら私はどうすればいいのだろうか。


 そんなことを考えて怯えている私を見て、カーミアさんは微笑んだ。


「そんなに警戒しなくても大丈夫よ?ほとんど手は出してこないもの。たまーにちょっと過激な連中がいるくらいで……私も別にここまで警戒する必要はないと思うのだけど、ねぇ?」


 そう言ってカーミアさんがライラさんの方に視線を送ると、ライラさんがぶっきらぼうに答えた。


「くだらない人同士での争いで、ヘマなんてしてられないんだよ」


 カーミアさんは私を見てやれやれという仕草をして見せると、再び黙って周囲の警戒を始めたのだった。

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