第2話 アルドの故郷
アルドにとって月影の森は庭のようなものだ。
プラームゴブリンやハイゴブリン、時にアベトスという大型の魔物は現れるので妹のフィーネは連れてこなかったが、今の彼にとっては大した敵ではない。この森でバルオキー村の村長に拾われてから彼と妹の生活が始まったので森に入ると故郷に返ってきた時のような懐かしささえ彼は感じていた。
「この森にメリルさんがいるのかな?」
「装置の反応があるから間違いないわ」
エイミはハンター共有の情報端末を操作しながら言った。
これには遭難時に備えて現在地を発信する装置も組み込まれている。おそらくメリルが緊急信号を発信しているだろうと彼女は予想し、それは的中したのだがいくら呼んでも応答がなかった。
「こっちの方角よ」
彼女はアルド達を連れて森の中を歩いてゆく。
一同は薄暗い森をしばらく歩き、1本の巨大な老木に辿り着いた。中央は朽ちて空洞になっており、人間一人くらいなら入り込める。そこから信号は発信されていた。
「あったわ!」
エイミが銀色に光る装置を拾った。
キーを操作すると識別番号と所有者などの情報が現れる。
「間違いなくメリルのものね。でも、本人はどこに行ったの?」
「その辺りにいるんじゃないか?」
「おーい!メリル殿!どこでござるかー!」
「救出に来マシタ!応答をお願いシマスー!」
彼らは周囲を捜索したがメリルの姿は一向に見えなかった。
「どこへ行ったんだろう?」
「ここでしばらく暮らしてたのは確かね。火を起こした形跡があるわ」
彼女の言う通り、巨木の傍には焚火の跡があり、おそらくメリルがここでサバイバル生活をしていたことが伺えた。
「狩りにでも出かけてるのかしら?」
「おそらくそうでござろう。森で生きていくなら食料は必須でござるよ」
「水も必要だよ、サイラス」
「アルドさんの言う通りデス。近くに水源がアルナラそちらへ行ってみる事を推奨シマス」
「ああ、この時代じゃ水道なんてないものね。水汲みに言ってるのかも……」
「ギヒイイイッ!!」
アルドがそう言った途端、まるで予知のように魔物の方向が響き渡った。
地面をドスンドスンと打ち鳴らすような音が近づき、木々をかき分けて巨大な肉塊が現れた。
「オデノナワバリ!オマエダチ!ハイッダ!」
アベトス。森の魔物のヒエラルキーではトップの座に君臨する種族だ。
しかも通常の種族よりも大きく、その後方には配下とおぼしきハイゴブリンたちが控えている。
「ずいぶんと大きなアベトスだな」
「突然変異種と推定シマス」
「なにやら怒ってるようでござるよ」
「ねえ、ちょっといい?メリルって女性を探してるんだけど……」
エイミは相手の種族や凶暴性など興味がないらしく、まるで人に道を尋ねるように気さくに話しかけた。
それに対してアベトスは巨大な棍棒を振り下ろすことで返事をし、エイミが飛び退くとその位置に轟音と陥没穴が出現する。
「おっと!話し合いはしたくないみたいね」
「オマエダチ!オデノエモノ!ゼンイン、タベル!」
「普通に話しても聞いてもらえないようでござるな」
「じゃあ、実力行使でいこうか」
「メリルさん救出ノタメ迅速に処理シマショウ」
エイミたちはそれぞれの戦闘体勢に入った。
アルドとサイラスは剣を抜き、リィカは空間圧縮した戦槌を取り出す。そしてエイミは指の関節をポキポキと鳴らした。
「ゴブブブ!」
アベトスの後ろに控えるハイゴブリンたちも雄叫びを上げながら突撃してくる。アルドとサイラスはそちらへ向かって走り出した。
「こっちは俺とサイラスでやる!リィカとエイミはアベトスを頼む!」
「わかったわ!」
「了解デス!」
アルドは剣を下段に構えて一匹のゴブリンに駆け寄った。
敵は彼の頭を砕こうと棍棒を振り下ろし、その先端は確かにアルドの頭部を捕らえたように見えた。
「ギッ!?」
そこにあったはずの彼の姿は残像のように消え、ゴブリンの後方へ現れる。
傍目にはすり抜けたように見えただろう。
「ゴブ……ブ……?」
後方に抜けたアルドを見ようとしたゴブリンは自身の異常に気付いた。
首から上は後ろを向いているのに体がついて行かないのだ。その視界ががくんと下がって地面と同じ高さになった。その前にドサリと自分の体が横たわる。首が胴から離れていることに気付いたゴブリンはようやく自分が死んだことを知った。
「アルド殿もやるでござるな!」
サイラスは刀を閃かせ、数歩先のゴブリンに肉薄した。
棍棒が振り下ろされる寸前に彼の刀は横一文字に薙ぎ、敵を上下に両断する。彼の得意技である水面斬りだ。
「ギエエエッ!」
「コイツラ、強イ!」
「気付くのが遅すぎたでござるな」
サイラスの言葉がゴブリンたちの耳を通じて脳が理解するよりも早くゴブリンたちの体に細い光の筋がいくつか通った。それぞれの斬線を生んだサイラスの刀はチンという音を立てて鞘に戻る。
「御覧じろ。水龍斬り」
彼の呟きで一匹のゴブリンが斜めに割ける。
「水天斬」
その呟きで一匹は魚の3枚下ろしのように身が分かれた。
「そして円空自在流・蒼破」
最後の呟きは残ったゴブリンをサイコロステーキのように細切れにした。
世にも恐ろしい剣技を見舞った蛙の姿の剣士は満足そうにゲコと鳴いた。
「さすがはサイラスだな」
その間に数匹のゴブリンを倒したアルドは感嘆を込めて言った。
ちらりとアベトスの方を見るとそちらも戦いは終盤を迎えていた。
「グオオオオッ!」
「あら?自慢の怪力はどうしたの?」
「イダイ!イダイ!イダイイイイッ!」
エイミは地に伏したアベトスの腕を背中の方に曲げ、関節技をかけていた。
その傍ではリィカが巨大な戦槌を持って仁王立ちしている。近くに散らばっている石の欠片はアベトスが持っていた棍棒が砕かれたものだろう。
「敵の戦意喪失を確認シマシタ」
「エイミ、そんな事してるとどっちが悪者かわからないぞ」
「でござるなあ」
「何言ってるのよ。こっちは正当防衛よ。さあ、質問するから答える気分になった?」
「ワ、ワガッダ!コダエル!ナンデモコダエル!ゴホッゴホッ!」
アベトスの口から血の混じった咳が出た。
どうやらエイミの拳を数発受けたらしい。
「この森にメリルってハンターがいたはずよ。見かけなかった?」
「ア、アア!ヅヨイニンゲン!ココニイダ!」
「やっぱりいたのね。その子は今、どこにいるの?あんたたちが何かしたんじゃないでしょうね?その時はただじゃ済まないわよ!」
「チ、チガウ!ニンゲン、ヅヨガッダ!デモ、イナクナッダ!」
「いなくなった?どうして?」
「ワガラナイ!モウ1人!ニンゲンドモリカラデデイッダ!モドッデゴナイ!」
「もう一人の人間?」
嘘をついている様子はなく、エイミたちはお互いの顔を見た。
もう1人の人物とやらに対する疑問が全員に浮かんでいた。
「オドゴ!近クノムラ!スンデル!」
「近くに住んでるって……バルオキー村ってことか?」
まさか自分の村がメリルの行方に関わってるとはアルドも思っていなかった。
灯台下暗しを地で行く展開に一同は困惑しながらアルドの故郷へ向かうことになった。
「というわけで、アルドの故郷に来たわけだけど……」
エイミは長閑な田舎風景をきょろきょろと見渡した。
近くでは子供たちが虫取りや草の冠を作って遊んでいる。エルジオンで暮らす彼女にとって800年前の生活はなかなか斬新に映るらしい。
「本当にメリルがいるのかしら?」
「うちのお爺ちゃんと仲良くなって家に住んでたりしてな」
「もしそうなら笑い話でござるよ」
「トリアエズ聞き込みをシマショウ」
アルドたちは村長をはじめとする村人たちに話を聞いてみた。
「おお、アルド。帰ってきたか。メリル?そんな女性は知らんなあ」
「はんたーこうほしゃ?はんたーって何、アルドお兄ちゃん?」
「そもそも最近は村に誰かが来た記憶がないなあ」
「こんな平和な村だ。見慣れない人が来たら皆覚えてるはずだけど」
アルドにとって顔見知りばかりの村での聞き取り調査はすぐに終わった。
この村でメリルを直接知る者はいない。それどころか外部から人が村に訪れたという話さえ出てこなかった。
「どういうことだ?俺の村に来たんじゃないのか?」
「あの魔物が嘘をついていたのでござろうか?」
「もしそうなら今から森に戻ってぶっ倒してやるわよ」
エイミの意見に全員が同意した。
途方に暮れた彼らを救ったのはリィカだった。
「エイミさん!この人がメリルらしき女性と遭遇シタと主張シテイマス!」
「痛い痛い痛い!首を掴むな!なんて怪力だよ!」
リィカに首根っこを引っ掴まれて連行されたのは猟師らしき男だった。
昼間から酒場で一杯やってたらしく手には木のジョッキを握っている。
「非常事態ニツキ強硬手段をとらせてモライマシタ」
「あなた、メリルのことを知ってるの?」
エイミの顔が近づき、途端に男の顔がだらしなくなる。
「おお、美人の姉ちゃんだな!なあ、俺と一杯付き合って……痛い痛い痛い!」
「早く話しなさい!」
「わ、わかったよ!名前は聞かなかったが、俺が会ったのは……」
エイミに半ば脅迫される形で男は自分が出会った女性の事を話し始めた。
曰く、彼は森の中で狩りをしていたところ、ゴブリンたちに遭遇して追い回され、そこに一人の女性が現れて不思議な装置でゴブリンをあっという間に倒してしまったらしい。メリルはお腹を空かせており、猟師をしていた彼はお礼に狩りで捕らえた野鳥をその場で焼いて提供したと彼は語った。
「がっついて食べてたなあ。やたら強い女だったのに獣の狩り方や捌き方は何にも知らなかったんだよ」
「当然ね。エルジオンで狩りができる人なんてまずいないわ。それで?」
エイミは納得し、続きを促した。
「それだけ強いなら冒険者になれよって俺は言ったんだけど、訳あって大勢と関わるわけにいかないんだってさ」
「大勢と関わるわけにいかない?どういうことかしら?」
「オソラク歴史干渉を避けたノデス」
リィカが彼女の動機を推測していった。
「コノ時代に大きな干渉を行エバ未来が変化アルイハ消滅する危険がアシマス。メリルさんはそれを防ぐタメニ森の中に引きこもったノデハ?」
「なるほど……ありえるわね」
「歴史干渉?姉ちゃん、なんの話だ?」
「気にしないで。それで、メリルはどうしたの?」
「魔物を狩ると証拠品と引き換えに報奨金が出るって聞いて俺にゴブリン討伐の証拠品をくれたんだ」
魔物の討伐には自治体から報奨金が出る。
ゴブリンなら耳を証拠に提示するのが一般的だ。
「引き換えに火打石や塩を譲ってほしいって言うからくれてやったよ」
「旅の必需品だな。こっちの時代のお金を持ってないから魔物を倒して現金代わりにしてたわけか」
「別の時代に飛ばされるってほんと悲惨だわ」
エイミは同僚に心から同情した。
エルジオンの生活に慣れた者にとって800年前の生活など戸惑う事ばかりだっただろうと。
「それで、メリルはどうなったの?」
「それがなあ……消えちまったんだ」
「消えた?」
「森の一か所で景色が歪んでたんだよ。そこを見た女が『これで帰れる!』って叫んでその場所に走り寄ったんだ。そんでフッと消えたんだよ。本当だぜ?俺が見たのは幽霊だったのかねえ……」
アルドたちはお互いを見た。
時空の穴による時間転移。それしか考えられない。
「つまりあの子は元の時代に行ったって事?」
「いや、それならエルジオンに帰ってきてるはずだろ?」
「別の時代に飛ばされたのではござらんか?」
「別の時代って……どこへ?」
「予測不可能デス」
全員が途方に暮れた。
メリルの行き先は過去から未来まで無数の可能性がある。
今度は情報処理機のような手がかりさえなく、もはやメリルの行方は神のみぞ知るところだ。彼らに絶望的な空気が流れるが、エイミは僅かな可能性にすがった。
「ねえ、それって本当にメリルだった?変わった武器を使う赤の他人って可能性はない?」
「いや、あんたらが言ってるメリルがどういう女かも俺は知らねえし……」
「ああ、そうだったわね!こういう顔の子よ!」
エイミは藁にも縋る思いで自分の情報端末機を操作し、そこにメリルの顔写真と基礎情報を表示させる。捜索に協力するアルドたちもその画像を見るのは初めてだった。
「なんだこりゃ?変わった道具だな」
「気にしないで。あなたが会った子はこういう顔で間違いない?」
「ああ、この女で間違いないよ」
「やっぱり本人なのね……」
本人であると確定し、メリルの行方を捜すことは絶望的になった。
しかしその画像をじっと見て「むむ?」と声を出す者がいた。サイラスだ。
「拙者、この者とどこかで会った気がするのでござる……」
「え?ああ、エルジオンに来た時に見かけたって事?」
「いや、そうではござらん。拙者の世界で会った気がするでござる」
「……どういうこと?」
エイミは困惑し、サイラスに説明を求めた。
彼が暮らすのは数万年前の古代。そこにメリルを見かけるなど本来はありえない。
「うーむ、ちょっと待つでござる……あれは……ああ、思い出したでござる!拙者が人食い沼で暮らしていたことはアルド殿も知ってるでござるな?」
「ああ」
「ワタシも記憶シテイマス」
アルドとリィカはいきなり押し売りや押し込み強盗の容疑をかけられて戦闘になった時を思い出す。その時空を越えた出会いがなければ彼らの旅は今とまるで違うものになっただろう。
「以前にも同じように迷い込んだ者がいたでござるよ」
「それがメリルだったの?」
「うむ。拙者、最初は押し売りか空き巣狙いかと思って声をかけたのでござる」
「俺たちの時と同じか……」
「しかし拙者の顔を見るとなぜか何も話さず逃げてしまったでござる」
魔物の一種だとメリルは思ったのだろう。
アルドたちはそう察したがもちろん口にしなかった。
「つまりこういう事デショウカ?」
リィカが考えられる可能性を述べた。
「メリルさんは一度コノ時代に飛バサレ、次にサイラスさんの時代に飛バサレタ。そこはワタシとアルドさんが飛バサレタ時間よりも少し前というコトデス」
「なんか話がややこしくなってきたわね……頭痛がしてくるわ……」
エイミがこめかみを押さえ、状況を理解しようと努めた。
「ええと、つまり今からサイラスが暮らす時代の人食い沼へ行けばメリルに会えるかもしれないって事?」
「いや、闇雲に探しても会えるものじゃないだろう?今は移動してるかもしれないし」
「近くにアクトゥールという都があるでござる」
「デハ、そこで聞き込みをシマショウ」
「わかったわ!今度こそ待っててよ、メリル!」
アルドたちは再び時を越えることを決めた。
今度こそエイミの教え子がいると信じて。
朝日が昇るより早くメリルは起床した。
この生活にも慣れた彼女の朝は早い。完全に日が昇ると魔物たちも活性化し、彼女が外を出歩きにくくなるからだ。
大きい壺に汲んである水で顔を洗い、慣れた手つきで火をおこし、お湯を沸かして朝食を用意すると素早く済ませる。
家を出て仕掛けた罠をチェックすると兎が一匹かかっていたらしいが魔物に食い散らかされた後だった。
(またやられた!あの連中め!今晩のおかずが減ったじゃない!)
メリルは肩に背負う武器を強く握り、手当たり次第に魔物を狩りたくなる気持ちをぐっとこらえる。エネルギー残量は少なく、無駄に撃つことはできない。
散らかった兎の死体が魔物を引きつけないように埋める間、彼女は怒りと共に不安も覚えた。
(これで3回目。この辺も安全じゃなくなってきたのかも)
魔物の出現回数が徐々に増えている。この地域から離れた方がいいかもしれないと彼女は思ったが、運良く手に入れた空き家を手放したくない気持ちも強い。食料と武器と寝床が揃った家を見つけるという幸運をもう一度掴めるとは思えない。
(人がいる地域に行きたいけど、歴史に干渉して私の存在が消えたら困るし……。そもそもどっちの方角に行けばいいかもわからない。最悪、もっと魔物がいる地域に入り込んだら……はあ……)
深いため息をついた彼女の耳にガサガサと草むらを何かが動く音が聞こえた。
瞬時にそちらの方向へ光学兵器を構え、引き金に指を置く。エネルギーは節約したいが魔物に食われては何の意味もない。
深緑色の茂みがしばらく揺れ、そこから飛び出たのは小さな野兎だった。
(今日の夕飯!)
彼女は武器を弓に切り替え、狙いを定めると矢を放った。
剣や槍は未だに慣れないが射撃の才能があったおかげか、弓矢の腕はすぐに上達した。シュッと空気を切り裂く音に兎の小さな断末魔が続く。可哀想などという気持ちはとっくに消えている。
メリルはすぐに獲物の血抜きを始めた。獲物の心臓が動いてるうちに動脈を切って血を体外に出すと肉の味が落ちず、長持ちすると猟師に教えてもらったからだ。
(お母さんが作ってくれたステーキが懐かしいなあ……)
彼女は料理人である父と母を思い出す。
彼女の母はいつも特製の弁当を持たせるので昼食にエイミが教官だった際に2人は共に昼食をとって彼女のおかずをおすそ分けすることもあった。その味が忘れられなかったのか、エイミは彼女の両親が経営する店で頻繁に弁当を買うようになった。
(教官はステーキ弁当が大好物だったんだよね……。でも、あれって人気だからなかなか買えなくてハンバーグ弁当で我慢してたっけ?)
彼女は郊外での任務中にエイミと昼食を取ることもよくあった。
その中で最も印象深いものが記憶の底から浮かび上がった。
「んー!ここのお肉は絶品ね!」
廃墟の片隅でエイミはハンバーグ弁当に舌鼓を打ちながら言った。
「肉の質もいいけど、焼き方が凄いわ。私も時々料理するんだけど、ちょっと焼き過ぎちゃうことがあるの」
「そうなんですか……」
「やっぱりプロは違うわね」
「はい……」
メリルは相槌を打つが心ここにあらずだった。
「どうしたの?今日の失敗をまだ引きずってるとか?」
「……はい」
メリルはうつむいたまま認めた。
今日の任務でメリルは敵の陽動に引っかかって孤立してしまい、絶体絶命となった。エイミが救援に間に合ったが、もう少し遅ければ命はなかっただろう。彼女が追いかける英雄的なハンターにはほど遠い醜態だった。
「敵を深追いして孤立するなんて……私、ハンター失格です……」
「それは違うわ」
エイミはステーキを口に運ぶ動作を止めて言った。
「誰にだって失敗はあるものよ。あなたは英雄やヒーローに憧れてるみたいだけど、そういう人たちになる条件は強いとか賢いってことじゃないの」
「では、何が条件なんでしょうか?」
「あきらめないことよ」
彼女は断言した。
「どんな失敗をしても、絶望的な状況になってもあきらめない。どんな難関も乗り越えられると信じるの。自分を信じない人は英雄になんてなれないし、窮地になった時に都合よく現れたりしないわ。……私の傍にもいなかった」
エイミの目が遠い過去を見た。
そこには二度と会えない誰かの姿が写っていたのだろう。
「いいこと?努力っていうのは自分で自分を救うってことなの。あきらめるってことは自分で自分を見捨てるということ。自分を見捨てちゃ駄目よ。完璧じゃないし、失敗もたくさんするけど、決してあきらめない自分自身の英雄になりなさい」
「自分自身の英雄……。私がなれるでしょうか?」
「なりたいの?なりたくないの?」
「なりたいです!」
「じゃあ、あきらめない限りあなたはあなた自身の英雄よ。どんなに情けなくてもいいからあきらめずに前に進みなさい。それでもどうしようもなくなったら……」
「なくなったら?」
「私が力を貸すわ」
エイミがにっこりと笑い、その時からメリルの中で彼女の地位は不動のものとなった。
「……わかりました!」
「じゃあ、ちゃんとご飯を食べなさい。食べる事もハンターの大事な仕事なんだから」
「はい!」
メリルは失敗の悔しさを噛み締めながら弁当をがっつくように食べ始めた。
その日の弁当はいつもより少し塩辛かった。
(なんだかすごく懐かしい……ほんの1,2年前なのに……)
過去を懐かしんでいた彼女は目元がかゆくなったので手で拭う。
少し濡れていた。感傷に浸っている自分に気づき、頬を叩いて悲観的な気持ちを追い払った。
(あきらめちゃ駄目!私はあきらめることを知らないハンターよ!教官みたいになるんだから!)
いつかまた時空の穴が開くかもしれない。あるいは美人で頼もしいハンターが助けに来るかもしれない。メリルはそう信じて正気を保つ。
時空の穴に入り込んでおよそ1年。彼女は魔物だけでなく自分が抱く絶望とも闘っていた。
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