エイミのハンター捜索記

M.M.M

第1話 行方知れずの見習いハンター

「神竜よ!」

「その命、貰い受ける!」


 女戦士と呪われた騎士は剣を突き付けた。

 暗黒を纏う竜は小さな敵を睨みつける。


「小癪ナ人間ドモガ!」

「その人間の力!」

「思い知りなさい!」


 戦士たちの仲間である2人の魔導士が空から光の粒子を降らせた。

 竜の体を覆っていた闇が祓われ、真の姿が露わになる。


「今なら攻撃が届くでヤンスーー!」


 戦闘には全く参加しない荷物持ちの男が叫んだ。

 女戦士と呪われた騎士は大地を駆け、竜の瞳にその輝かしい勇姿が———。


「あの荷物持ち、最後まで見せ場がなかったわね」


 エイミはキャラメル味のポップコーンを齧りながら言った。


「あいつ、最後まで突っ立てるだけだったじゃない」

「いやいや、適材適所。それぞれの役目を果たしたでござる」

「サイラスさんに同意シマス。支援係が戦闘に直接参加シテモ邪魔になるダケデス」

「あの竜はすごい迫力だったなあ」

「面白かったね、お兄ちゃん」


 各々はたった今見てきた作品の感想を口にした。

 アルドと妹のフィーネは未来の技術で製作された大迫力の映画に度肝を抜かれ、古代の侍でありどういうわけかカエルの姿をしているサイラスもほどほどに満足。この時代の汎用アンドロイドであるリィカは戦闘の評価を行い、同じくこの時代の戦闘職であるハンターを務めるエイミは映画の中でロクに戦いもしない荷物持ちの男が気にいらないようだった。

 映画の題名は『神竜物語』。古代から伝わる竜を討伐した戦士たちの物語を有名監督が映画化し、曙光都市エルジオンで話題になっている作品である。そのポスターを見かけたエイミの提案により彼らはポップコーンを片手に映画を鑑賞し、映画館から出てきたばかりだ。


「結局、あの神竜ってなんで現れたの?」

「世界を支配しようとしていたでござるよ」

「人間4人に倒される程度の魔物が世界を支配って……自惚れすぎでしょ。もぐもぐ」

「エイミ、まだポップコーン食べ終わらないのか?」

「LLサイズ頼んじゃったんだから仕方ないでしょ!口の中が甘ったるくてしかたないわ!アルドも食べてよ!」

「俺は自分の分でお腹いっぱいだよ」

「私もお腹いっぱい。キノコウメ味ならまだ食べられそうだけど」

「拙者のちーず味とやらも美味でござった。未来の都市には面白い食べ物や娯楽があるでござるなあ」

「残念デスガ飲食の機能はワタシに未搭載デス」

「あー!もう!違うサイズを頼んでおくんだった……」

「あっ、エイミさーん!やっと見つけました!」


 エイミが嘆いていると遠くから一人の女性がやってきた。

 戦闘服と武器を所持していることからエイミと同じハンターだろう。


「どうかしたの?」

「メリルというハンター候補生を知ってますか?」

「メリル?ええ。1年くらい前に私が教官になったけど……」

「え?エイミがそんな事してたのか?」


 エイミの知られざる過去を聞いてアルドは驚いた。

 彼女が人に教える立場になるなんて意外だとその顔に書いてあった。


「これでもプロのハンターだもの。それで、彼女がどうしたの?」

「行方不明なんです」


 そう聞いた途端、エイミの表情が険しくなった。

 ハンターやその候補生の行方不明とは戦闘中に行方がわからなくなり敵に殺害されている可能性があるという意味だからだ。


「行方不明?どういうこと?」

「込み入った事情があるのでセバスちゃんの研究室まで来てくれますか?」

「わかったわ」


 エイミはアルド達と共に凄腕エンジニアのセバスが住む自宅兼研究所へ向かった。

 そこで彼女に出迎えられ、リストバンドのような小さな装置を見せられた。


「これって……情報端末よね?随分古そうだけど」

「情報端末ってエイミも持ってる変な装置か?」


 アルドは彼女の腕にも巻いてあるものを見て言った。

 時計機能や通信、情報検索、生物探知まで幅広い機能を持つ情報端末と呼ばれる未来の機械である。内部の核電池によって千年は動作が保証されている。この世界の住人なら必需品であるが、セバスが見せたものには無数の小さな傷や錆が浮かんでいる。まるで骨董品のような状態だった。

 

「これがエルジオン近くのエアポートで見つかったの。識別番号を調べたらメリルのものだったわ」

「エアポート近くでメリルの身に何か起きたってこと?」

「何か起きたのは間違いないんだけど、装置の記録を調べたらおかしなことがわかったのよ」

「おかしなこと?」

「内部に備わってる時計が凄まじくずれてるのよ。800年くらい時間が経過してる」

「故障じゃないの?」

「私も最初はそう思ったけど、いくら分析しても故障個所が見つからなくて、この装置の骨董品みたいな状態を見てるうちにピンと来たの。おそらくこの時計は正常に時間を刻んでるわ」


 そう言われてエイミは首をかしげた。


「でも800年も時間が進んでいるんでしょう?」

「この情報端末は800年くらい過去の時代に転移してたんだと思う。そして時間を刻み続けて今の時代になって発見された。アルド、あなたならメリルの身に何が起きたかわかるんじゃない?同じ体験をしたんだから」

「同じ体験って……あっ!時空の穴か!」


 アルドはすぐ思い出した。

 いつどこに出現するかはわからない時空の歪み。そこに巻き込まれると過去や未来に一瞬で飛ばされてしまい、アルドは800年後のこの世界に来ることになった。


「そう。メリルは時空の穴に巻き込まれて過去に飛ばされてると思うわ」

「それじゃあ本人は……」

「今の時代ならとっくに墓の下でしょうね」


 セバスの残酷な答えを聞いたエイミは愕然とした。

 知人が800年前の時間に飛ばされ、もうこの世にはいないと聞けば当然の反応だ。その様子を見たセバスは彼女に呼びかける。


「もしもーし!悲しみに暮れてる所悪いけど、あなたたちは時空を移動できるんでしょ?今から800年前に行って救い出せばいいじゃない」

「そ、そうだったわ!」


 それを聞いたエイミの目に輝きが戻った。

 同時にアルドたちもセバスに呼ばれた理由を理解した。メリルを救出できるのは次元戦艦で過去に移動できる自分たちしかない。


「アルドが入った時空の穴と性質が同じだとしたらメリルはあなたの時代に飛ばされてる可能性が高いわ。ちょっと行ってきてくれる?」

「わかったわ!アルド、皆も悪いけどつきあってくれる?」

「もちろんだ。そのメリルさんを早く助けよう」


 アルドは同情的な声で言った。

 突然、800年前の世界に飛ばされるなど気が気ではないだろう。アルドは自分の身に起きたことを思い出し、あの孤独な状況から早く救ってあげようと決意した。




 メリルは夢を見ていた。

 歴史に名を残るような英雄を目指してハンターギルドへ入り、しばらく訓練が続いてエイミ教官と出会った頃だ。


「あなたがメリルね。はじめまして」

「は、はじめまして!」


 彼女は憧れのハンターに会えて緊張していた。

 「鉄拳制裁のエイミ」「合成兵士キラー」「彼女の前で料理の話は禁止」とさまざまな逸話や噂があるプロハンターを目の前にしたメリルの第一印象は「綺麗な人だなあ」だった。

 手足に付けている強化金属籠手や足甲がなければ女優かモデルをやっていそうな容姿と体型。その美しさにメリルは同性ながら見惚れてしまった。


「私の顔に何かついてる?」

「え?いいえ!何も!」

「そう?」


 顔をじっと見られたエイミは可笑しそうに微笑む。

 その表情は太陽のように輝いていた。

 エイミは彼女が肩にかけたレーザーライフルを一瞥する。敵のレーダー攪乱や妨害を突破する知識と技術さえあればこの種の兵器にも活躍する余地はあった。


「あなたは光学兵器を使うそうね?」

「はい!射撃の腕が良いと言われたので!」

「そう……。でも、敵と接近戦になったらどうするの?」

「接近する前に倒します!」


 彼女は自信満々に言った。

 実際はただのハッタリだった。彼女は運動科目が全く不得意で、早々に見切りをつけて射撃訓練や装備の研究に没頭することで自分の短所を補っていた。


「接近する前にね……。じゃあ、私が実は魔物で今から襲ってきたら?」

「え?」

「こんな風に」


 エイミの体が両生類のような怪物に変わった。

 鋭い爪と牙を剥き出しにし、メリルに飛び掛かる。

 大きな口が彼女の頭をすっぽりと包み―――。


「わああああっ!」


 首を食いちぎられる寸前で彼女は目が覚めた。

 幸い、それはただの夢だったが、薄暗い部屋を見て悪夢の半分は続いている事を理解する。ここはエルジオンではない。自分が住んでいる時代でさえなかった。


「酷い夢だった……」


 大きなため息をついた彼女は愛用の光学兵器に手を伸ばした。これが傍になければ安眠する事は出来ない。古代らしきこの時代には合成兵士や暴走したドローンは出ないが代わりに魔物という危険生物が跋扈しているからだ。ここは大地が汚染される前の時代。彼女にもそれくらいわかるが、いつどんな場所なのか、どうすれば元の時代に帰れるのかは見当もつかなかった。


(本当ならエルジオンの柔らかいベッドで寝てるはずなのに……)


 メリルは光学兵器のエネルギー残量を見ながら空想の世界に逃げたくなった。

 魔物との戦闘でエネルギーはじわじわと減り続け、やがてはゼロになるだろう。その時は五体を武器に戦うしかない。


(無理無理!エイミ教官じゃあるまいし!あーあ、格闘の訓練もしっかり受けておけばよかったなあ……)


 自分を指導してくれたベテランのハンター、エイミを彼女は思い出す。

 その教官は腕や足に装備した超硬質金属の武器を用いて機械兵器を殴り倒してしまう。メリルは彼女に遠距離用の武器に頼るのは良くないだろうかと聞いたことがあった。


「え?別にいいんじゃない?でも、その武器が使えなくなったら自分の体で戦うしかないでしょう?私が命を預けられるのは私だけなの。兵器の残弾や残存エネルギーを気にしながら戦うのは性に合わないし」


 返ってきた答えは単純だった。

 どんな高性能兵器もいつかは故障するし、弾薬やエネルギー残量がなくなれば単なる重い金属の塊となる。そうなれば基礎体力と格闘訓練がものを言うのだが、そんな事態が来るとメリルは信じていなかった。

 兵器に依存した戦いばかりを続け、稼いだ金も強化パーツにつぎ込む。そんな彼女が時空の穴に巻き込まれ、兵器の修理もできない大昔に転移したのは悲惨というだけでは済まなかった。

 凶暴な魔物が次々と襲い掛かり、彼女の武器はエネルギー残量をじわじわと減らしてゆく。それは真綿で首を絞められるような恐ろしさがあった。


(戦いは極力避けてるけど、いつかは使えなくなっちゃうよね……。ここで生活して体力はそこそこ付いたと思うけど、剣や槍で戦うなんてまだ無理だよねえ……)


 彼女はタコができた自分の手を見つめる。

 この世界を当てもなく彷徨っているうちに誰も住んでいない空き家を見つけ、そこにはありがたい事に食料や原始的な武器まで置かれていた。ここにいたはずの家主がどうなったかを考えると不気味なものがあったが、彼女はそこを仮住まいとし、火おこしや水汲みを行ってかろうじて文明的な生活を送っていた。

 だが、エルジオンでは音声認識の家電を使うのが当たり前だったメリルは手を傷やマメだらけにして料理や風呂や洗濯を行うことになった。その苦労と引き換えに彼女の体力はかなり上昇している。といっても、この家にある剣や槍を使って魔物と戦えるかと言えば全く論外だ。


(私、もうこの世界から帰れないのかな……いいえ!あきらめちゃ駄目!)


 弱音を吐きそうになった彼女は慌てて思考を良い方向へ向かわせる。


(私が行方不明になったことはエルジオンの皆も気付くはず!プロハンターの人たちがちゃんと探してくれるよね?エイミ教官は時空を飛び越えて歴史を改変しようとした敵を倒したって言うし、私の事も助けに来てくれる……はずだよね?)


 仲間はどうやってメリルの居場所を特定するのか。

 具体的な方法は全く浮かばない彼女だが、希望と正気を保つためにも楽天的になるしかなかった。


「とりあえず朝ご飯にしよう!」


 メリルは空き家に置いてあった保存食を取りに向かった。

 もちろん愛用の光学兵器を肩に背負って。

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