資格が必要です

やすだ かんじろう

資格が必要です

「金がねえ」


 長いことバイトを続けていた牛丼屋がコロナ禍でつぶれた。時給は1100円、全国平均からすればかなり高いだろうが、東京の店なので普通といえば普通だった。それがなくなってしまったので、現在の収入は親からの微々たる仕送りのみだ。

 現状はオンライン授業続きなので大学に行くことがなく、毎日をほぼベッドの上で過ごしている。金を使う機会はまるでない。そう思って少ない貯金を切り崩しながら自堕落を楽しんできたが、いよいよ預金残高が底を尽いた。

 最近かなり食費を削っていたせいか、頭がいまいち働かない。こういうときは馬鹿げた行動をしがちである。俺はiPhoneのSiriに話しかけた。


「Hey Siri、働きたくねえ、金をもらうだけの仕事をしたい」


「そうなんですね」


 Siriは相槌をうってくれた。虚無を感じる。


「Hey Siri、北千住駅付近で高時給なバイトを教えて」


 答えられそうな質問に変えてみた。そしてどうせなら高時給で働きたい。


「高時給なバイトを見つけました。薬局勤務で時給は2500円です」


「マジか、時給2500円かよ、すげえ」


 Siriは驚愕のポテンシャルを秘めていた。俺は期待を胸に求人情報のリンクを開く。しかし開いてすぐにわかった。薬剤師の資格が必要だ。持ってるわけがないだろう。


「Hey Siri、資格なしでできる高時給なバイトを教えて」


 資格とか俺は何も持っていない。『資格なし』は非常に重要な観点だ。


「資格なしでできる高時給なバイトを見つけました。居酒屋勤務で時給2500円です」


 ちゃんと居酒屋勤務に切り替えるあたり、Siriは驚異の能力を発揮したと言えるだろう。俺は期待に胸を躍らせながら求人情報のリンクを開く。店名は『Barプレミアム』、お察しである。この店はガールズバーだ。Siriに教えてあげたい、ガールズバーの資格はガール、俺はボーイだ。


「Hey Siri、ボーイでもできる高時給なバイトを教えて」


 そのままボーイとか言ってしまった俺はアホだが、意外にもSiriは軽妙に受け答えをする。


「ボーイでもできる高時給なバイトを見つけました。かしざんまい勤務で時給2500円です」


「かしざんまい?すしざんまいじゃなく?」


 聞き間違いかと思ったが、やはり『かしざんまい』と表示がされている。お菓子の写真が添えられているので『菓子ざんまい』というお菓子屋さんなのだろう。

 お菓子屋さんで時給2500円なんて抜群だ。やはりSiriは他のAIチャットボットを凌駕する存在だ、間違いない。

 俺は期待で爆発しそうになりながら求人情報のリンクをひらく。かしざんまいはお菓子バイキングのスイーツパラダイス的なお店だった。店名の是非は置いておくとして、ちゃんと一般的な飲食店であることに再度感動をする。

 しかしこの高時給は一体どういうからくりだろうか、俺は求人情報を読み込む。


「えーと、仕事内容は…立っているだけの簡単なお仕事です?」


 いよいよ本格的に怪しくなってきた。立っているだけで2500円って、どんな危険なところに立たされるんだよ。そう思いながら読み進めると、意外や意外、どうやら普通に店の前でずっと立っていればいいらしい。

 いや、でもポーズの指定がある。両手を前に広げ、笑顔もキープする必要があるらしい。


「これってまさか……」


 俺は求人情報を読み進める。雇用形態は『社長』と記載されていた。


「Hey Siri、かしざんまいで働くのはありだと思う?」


「なしです」


 なんて明確かつ冷静な答えだ。Siriは驚愕で驚異の全てを凌駕するAIだ。「じゃあそもそもなんで紹介したんだ」なんて野暮なことは言わない。Siriは俺に素晴らしい提言を与えた。そう、素晴らしい意見だ。


 でも俺はすしざんまいの社長が好きだ。



プルルルル


「すみません、求人情報を見たのですが」






 後日、俺は肉付きが足りないという理由で不採用になった。募集要項の資格欄にBMI30以上と追記しておいてくれ。


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資格が必要です やすだ かんじろう @kanjiro_yasuda

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