第49話魔王と聖なる乙女~ 母の想いは純粋で歪んでいき① ~

 ※過去・ディアとファラットの両親が出会った頃のエピソードからはじまります。

 ※流血表現があります。



ーーーー



 

 昔から呪術一族と村の関係は複雑だった。

 あらゆる呪術を使う呪術一族を恐れて村人達が遠巻きにしていたと言った方が正しいかもしれない。

 それはディアとファラットの両親が出会う前から変わらなかった。



「うっわ、派手にやったな」

「呪術一族の長の娘……リールだったか? 今回もすげぇな……」


 こちらの様子を伺いながら小声で呟いた男性達の声が耳に届く。

 彼らの目線の先には、魔物の血で身体中を赤く染めた、呪術一族の長の娘、リールが居た。

 後に聖騎士の男性と結ばれ、ファラットとディアを、双子の男子を産む少女で、現在いまは、15歳の誕生日をむかえたばかりだった。


「……何かよう?」

「えっ、あ、何でもないです!」

「あ、ああ、行くぞ」

「……そう」


 最初は無視をしていたリールも、あまりにもヒソヒソ話と視線が気になり声をかけたが、


「……いつもどおりの反応ね。 これからどうしよう」


 このまま外にいても遠巻きに見られるだけだし、


「今日もすごいわね」

「いつも魔物を呪い殺しているんでしょう?」

「わたしたちも呪い殺さないでしょうね?」

「ええー、さすがにそれは……」


 今度は別のご婦人達の小声がリールの耳へ届く。

 そちらに目線をむけると、


「ひっ」

「いっ、行きましょう」

「そうね、そうしましょう」


 リールは 「 ……はぁ 」 と、ため息をし、このまま外を歩いていても、先程のようなことが繰り返されるだけと思い、とぼとぼと呪術一族の屋敷へ歩いていく。




 ーーーー




「今日も派手にやったな、リール」

「ただいま帰りました。 お父様、帰宅したばかりの娘にむかって 「 おかえり 」 ではなく、開口一番がそれですか」

「おお、すまん、すまん。 おかえり。 今日はどうだった?」

「村の外れに『スリープラビット』が数匹いたので、呪い殺しておきました……」

「スリープラビット……たしか眠り香で眠らせてからターゲットを食らう肉食の兎だったか?」

「ええ」


 玄関先での、このやり取りもいつも通り。


「部屋に戻ります」

「ちょっと待って、まだ話がある。 着替えたら……いや、風呂で血を落としたら、わしの部屋まで来い」

「今ではいけませんか?」

「や、わしが血塗れのリールが気になって話どころじゃない。 さっさと風呂に入ってこい」

「分かりました……」




 ーーーー




 風呂に入り、魔物の血を洗い落としたリールは父親の部屋にきていた。

 父親と向かい合いながら正座するリールは、


「お父様、話しとは、何でしょう?」

「開口一番がそれか、少しは父娘の話を楽しまんか」

「そう言われましても……話すことなど、特に思い付きませんので……」

(村の話も、いい気分するものじゃないし……)


 リールは帰宅する前、村での人々の視線と影口を思い出す。


「そうか。 この口下手なところは妻に似てしまったんだな」

「お母様に……?」

「そうだ、わしの妻は、わしの従姉妹でな。 わしより強い呪術士じゃた」

「そうなの、ですね」


 リールの母親は、呪術の力が強いかわりに、身体が弱くリールを出産して、まもなく亡くなった。

 リールの父親は呪術一族の長でありながら、後妻を娶らず亡き妻だけを愛し続けている。


「魔物を生み出す瘴気を吸収する【白数珠】や、どんな呪いも解ける【純白のアミュレット】という、珍しい呪術具も作り出してな、それはもうって、わしの話を聞いておるか」

「いえ、まったく。 それより早く本題を」

「そんなところも妻そっくりじゃ。 ……はぁ、仕方ない。 村長達との話し合いで、3年後に婚姻する呪術一族の娘が、リール、お前が選ばれた」

「それは……本当ですか」

「本当だ」

「……そうですか」


 呪術一族の女性の婚姻は、あまり行われない。

 例外はあるものの “ 純潔 ” を失った女性は “ 呪術 ” が使えなくなる者が多いからだ。

 呪術一族は呪術を使えなくなることを、一番 “ 危惧 ” しているが、男性だけで血筋を残すのと、女性も血筋を残すのでは、女性も血筋を残した方が、優秀な “ 呪術士 ” が生まれる可能性が高まる。

 呪術一族の存続の為に呪術一族の女性の婚姻は不可欠だが、両親のように恋愛結婚でもない限り、嫌がる女性も多いため、婚姻する候補は、呪術一族の長と村長達の話し合いで決められる。 だけど、


「一族の中で、わたしと年が合う、男性はおられなかったはずですが……?」


 年上の男性は全員が既婚者で、年下は……まだ幼子だ。

 3年後に18歳をむかえ大人になる自分はともかく、まだ婚姻出来る年齢ですらないはずだ。


「それは……その、だな。 一族ではなく、村人と婚姻せよ! と村長は言っておる」

「……それは、村長の “ 本音 ” は、わたしに呪術を使えなくなって欲しいんでしょうね。 村人もわたしに呪い殺されるんじゃないかと恐れていますし……」

「まぁ、村長達の “ 本音 ” は、この際おいとくとして、リール、お前は好いた男のひとりやふたりはおらんか?」

「さすがに、ふたりは多すぎでは……」

「ええい、人数なんか、どうでもよい、好いた男はおらんか!?」

「おりません」


 切羽詰まった父親の絶叫に、リールは冷やかに答えた。

 あんな態度をとる男性を好きになれる訳がない……と、リールの心中は、それだけで占めていた。




 ーーーー




 翌日、リールは日課の魔物討伐に、村近くの森に訪れていた。


「はぁ、村人達の、あの反応どうにかならないのかしら、毎日毎日」


 まぁ、今日は男達がかなり引き気味だったけど、村長から3年後の私の婚姻対象が自分達、村人だと話があったようね。

 この日、リールはいつもと違い、思考に集中していた。

 集中していたからこそ、いつもは足を運ばない森深くの神殿近くにある湖まで来ていた。

 そして、


「…… 『 ブラッディベア 』 が4体ね」


 魔物の存在に気付くのも遅れた。

 リールは巨大な歯と爪を持ち人肉を好む、巨大熊、ブラッディベアを見つめる。


「囲まれてるけど、問題はない……か。 〈 止まれ 〉 」


 リールはブラッディベア4体に手をかざし “ 言霊 ” を放つ。

 ブラッディベア4体はググぅっと唸り声をあげて動かなくなり、ブラッディベアは困惑している。


「ごめんなさいね。 アレをするには触れないといけないから動きを封じたの。 ま、私と出会ったのが運のつきね。 村に近付かなければいいものを」


 あんな村でも守らなければいけない。

 村を出ても住処もなく流浪するだけ、一定の場所で住めるのは助かるし、呪術一族いちぞくの未来を思えば、多少も理不尽も目をつむるしかない。

 リールは目の前にそびえ立つブラッディベアに近付き、動けないブラッディベア腕にリールの右手が触れる。


「 〈 わたしに害意を持って近づいてきた者、その身に呪いを宿せ 〉 」


 リールの “ 言霊じゅじゅつ ” が放たれると、リールの右手が触れているブラッディベアの腕からが浮かび、徐々に変色していきブラッディベア全体を覆っていく。


「ぐっ、ぐぐ……」


 ブラッディベアは苦しさでうねり声をあげて、自身を蝕む変色が全身を覆い尽くした時、


「さようなら」

「グアアァァァ‼︎」


 リールの冷え切った言葉と共にブラッディベアの身体が弾け飛び、真っ赤な返り血でリールの身体全体が染まっていく。


「……さてと、残りは3体ね」


 残り3体のブラッディベアを見据えて、リールは最初のブラッディベアと同じように “ 死の呪いあざ ” を発動して倒していく。




「これで終わり。 呪術一族わたしのご先祖様は残酷な呪術を生み出したものね」


 リールはブラッディベア4体の飛び散った肉片を見つめながら呟く。

 残酷な呪術を生み出したからこそ呪術一族ご先祖様は昔の住処を追われて流浪する羽目になったのだけれど、安住の地が欲しい呪術一族と、北の地は瘴気が溜まりやすく魔物が他の土地と比べると多いため、村の警備を強化したいという呪術一族と村全員の利害が一致しなければ、現在いまも呪術一族は各地を彷徨っていただろう。


「……お互いの利益のため、多少の理不尽に目をつぶってる状況いまもどうかと思うけど」


 リールは自分の婚姻で悩んでいたのとブラッディベアを4体全部倒したと思い込んでいたため警戒が緩んでいた。

 そのため、ガアアァァと唸り声をあげながら背後に現れた巨大なブラッディベアに反応するのがおくれた。


「えっ」


 巨大なブラッディベアの鋭い爪がリールに襲いかかり、


「 〈 ッ 」

「ググアアァァ!!」


 言霊で動きを封じようとするが、言霊よりも早く鋭い爪が身体に迫り、自分の言霊が間に合わないと判断したリールは鋭い爪から逃れようとして、ずるッと地面に広がる血に足を滑らせ倒れてしまう。


「……ッ!」


 鋭い爪が目前に迫り、間に合わない! と、リールは固く目を瞑り、死を覚悟するがいつまでたっても引き裂かれないことに疑問に思い、恐る恐る目をあける。

 巨大なブラッディベアは背後から血飛沫をあげ、前方に倒れ、背中はざっくりと剣で切られていた。


「大丈夫ですか?」

「……ええ」


 巨大なブラッディベアを倒した、リールと同じ年頃の少年が駆け寄りながら問いかける。

 その問いかけにリールは短く答えるしかなかった。


「手を」

「え……?」


 リールは少年から差し出された掌に戸惑う。

 少年はリールの戸惑いを感じ取ったのか、


「失礼します」

「えっ、ちょっ、ちょっと何するの!?」

「落ちてしまうから動かないで下さい」


 少年は一言、断りをいれるとリールの身体をお姫様のように抱き上げ血の海を歩き、湖畔のところにある巨大な岩にリールを座らせる。


「見たところ呪術一族の方のようですが、ひとりでいるのは危険です。 私が通りかからなければ、君は死んでいました」


 え、何? この人? リールは困惑しながら少年を見つめる。

 現状を見れば4体のブラッディベアを倒したのは自分リールだと分かるはずだ。

 リールには自分の身を案じる少年の言葉が理解出来なかった。


「わたしが……恐ろしくないの……?」

「…………どうしてですか? あなたは皆のために戦える素敵な人ですよ」


 リールは自分を優しく真っ直ぐ見つめる少年の瞳から目がはなせなかった。

 この少年が後のリールの夫・カヤックで、ふたりが出会った時だった。

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