第48話魔王と聖なる乙女 ~村の力関係 “ 最強 ” なのは~
ディアが森の中で、反動で倒れてから3日が過ぎた。
ここは、村外れにあるファラットとディア達の家で、
ファラットは水がはいった樽とタオルを持って、部屋のドアをノックしてからあける。
部屋の中には寝台の上で、新しい真っ黒な【白数珠】のネックレスを身に付けて、眠り続けるディアと、その傍らにはディアとファラットの母親がディアを看病していた。
ファラットは母親に水がはいった樽とタオルを手渡して、
「かあさま、ディアは、めざめましたか?」
「ファラット、いいえ、まだよ」
「……そう……ですか」
母親はファラットから手渡された水がはいった樽を寝台の隣にあるテーブルに置くと、タオルを水に浸してから絞り、ディアのおでこの上に優しく置く。
母親は看病でろくに寝ておらず、目の下には
「おれがディアをみてますから、かあさまは、すこし、やすんでください。 このままだと、かあさまがさきにたおれてしまいます」
「……そうね。 あの人も集会に行ったきり、戻ってこないし、
「……わかりました」
ファラットはもう少し寝てほしいと思うが、今の母親には無理だと分かっており、渋々頷く。
ディアの部屋の椅子に座ったまま眠ろうとした母親を、無理やり部屋の外へ連れ出す。
「せめて、ここではなく、おかあさまたちのへやで、よこになってください」
「……でも」
「おやすみなさい、よいゆめを」
「もう、仕方ないわね……」
ファラットのゴリ押しで、母親はディアの部屋をあとにして、自分達の部屋へ重い足を運ぶ。
ーーーー
「んん。 あ、おにいさま……?」
「ディアめざめたか、きぶんはどうだ? みずのむか?」
「んー、ふしぎなゆめをみたよ……」
「ゆめ?」
ファラットは、目覚めて寝台から上半身を起こしたディアを支える。
「うん。 かおは……あおしろい、ひかりにおおわれて、みえなかったけど、ふたりの……じょせい? が、でてきたの。 ふしぎな、かみのいろだった……」
「ほら、みずだ。 どんないろだったんだ?」
ファラットは木彫りの丸い水差しから、木彫りの丸いコップに水を注ぎ、ディアにゆっくり飲ませる。
「んん、ありがとう。 えっとね、ふたりとも、くろかったの……」
「くろかみか、それはめずらしいな」
「そうだよね。 あれ、ぼく、どうして、ねて」
「あ」と、ディアから渇いた声が零れる。
倒れる前の記憶を思い出したようだ。
「ごめんなさい、にいさま、あれからどうなったの? まものは、たしか、にいさまが?」
「まものは、おれがたおしたよ。 むらに、ひがいはでてない、あんしんしろ。 ディア、おまえは、みっかも、ねむっていたんだぞ」
「みっかも?」
「ああ、かあさまと、とうさまがしんぱいしてる。 とうさまは、しゅうかいに、いってるが、かあさまを、あんしんさせにいこう、な」
「……かあさまたち、おこってる? ぼく、いいつけ、やぶってそとにでたから……」
「おこってない。 いくぞ」
「うん……」
ファラットは優しく微笑みながらディアに右手を差し出す。
ディアは、差し出された右手を、戸惑いながら握りしめ、寝台から立ち上がり、母親の元へむかう。
ーーーー
ディアが目覚めた同時刻、村の集会所。
ディアとファラットの父親は、急遽、ひらかれた集会に参加していた。
「それは……どういうことでしょうか?」
父親は、先ほど、村長の口から出た言葉が信じられず問い返す。
「今回のことは……まぁ、孫から経緯は聞いとる。 きっかけは孫らがディアを連れ出し、マヤじゃったか。 マヤが【白数珠】のネックレスを壊したことも、新しい【白数珠】で魔物の出現を抑えられておることも、落ち度もこちらにあることは分かっておる」
「でしたら、何故、ファラットに、そのようなことをせよと仰せになられるのでしょうか?」
父親は 「ふざけるな! 」 と、叫びたいのを必死に抑え、冷静を装う。
内心は腸煮えくり返る思いでいっぱいだった。
「今回の事で、魔物が出現したと、ファラットが言っておったと、お主、申したの」
「たしかに……そう申し上げましたが」
「その魔物をファラットが倒したとも」
「…………」
「だからのう、ファラットに村の警備に参加して欲しいのよ。 なに、自然発生した魔物を2、3体倒すだけじゃ、簡単なことじゃろ」
大人でも手こずる魔物を倒すのは、簡単な事ではない。 それを、
「ファラットは成人もしていない、まだ10才の子供です。さすがにそれは……」
「断るなら、ディアは生かしておけんが、どうする?」
「……っ!」
村長の残酷な言葉に父親は石のように固まる。
まだディアが2才だった時も、妻に 「 殺すしかないのか…… 」 と、そう言ったことはあるが、そんな日は来てほしくないのが本音だった。
数人の村人が 「 そうだ、そうだ 」 と、村長の言葉に同意を示す。
その中にマヤとダルクの父親も居た。
(ぶん殴りたい)
そう思っても手も足も出せないのが現状だが。
「さすがに、それはどうかと思うが」
部屋の “ 外 ” から聞こえてきた、落ち着いた渇いた老人の声に、全員、言葉をなくす。
部屋の戸が開き、声の主が現れる。
「こ、これ、は……呪術一族の長殿……このような場所に、来られるとは珍しい。 いかがなさいましたか?」
「いや、なに、3日前の……孫達に起きた出来事が、今頃、わしの耳にも届いたばっかりなんだが、ちっと遅すぎんか。 旦那の帰りが遅いと、痺れを切らした娘が教えんかったら、ずっと知らないままだったかもしれんが」
「……お義父様、何故ここに?」
(所用があって参加されないのでは……?)
呪術一族の長の
ディアとファラットの母親が、ファラットに部屋を追い出された直後に、自分の父親宛に、呪術で送った “ 手紙 ” だった。
「そ、それは……」
村長をはじめ、マヤとダルクの父親の目が泳いでいる。
(これは)
「お待ち下さい、お義父様。 たしか村長が、集会開始前に、お義父様は 「 所用があり参加されない 」 と、そう仰られましたが、違うのでしょうか?」
「所用か……そんなもんはなかったと思うが。 あったとしても、わしは孫達を優先するな。 しかし、どういうことか、認識の相違があるようだが、気のせいか? 村長」
「そ、そのー……これは……」
村長が顔色を青白くして言葉に詰まる。
自分達の有利に進めたいために、わざと
「それに、ここへ来る前に、村長のお孫さんのガルーシェくんをはじめ、マヤくん、ダルクくん、だったか? 今回の騒動に関わってる、その3人にも話を聞いたんだが、ディアの “ 非 ” だけじゃ、ないようなんだが、まるで “ 拒否権 ” すら、許さない口ぶりだったが、聞き間違えか? そんな様子なら、うっかりナニかの “ 呪い ” をばらまいてしまうだろうなぁ。
「……ひゅ」
全員が息をのんだ気配が、部屋全体に伝わる。
「その、長のご息女は…… “ 出産 ” して、
「ん、まぁ “ 純潔 ” を失ったら、呪術が使えなくなる女性もいるが、
「「「「 !!?? 」」」」
ディアの父親と呪術の一族の長を除いた、全員が “ 初耳 ” だと、言葉をなくす。
「カヤック、どういうことだ?」
なんとか村長が言葉を絞り出して、ディアとファラットの父親、カヤックの問いかける。
「……私が…… “ 妻 ” と婚姻を結ぶ前に、ある “ 約束 ” をしました」
「約束……?」
「昔の妻は皆様もご存知の通り、
「「「「…………」」」」
村人達の沈黙は肯定だった。
「そんな妻が神竜様の神殿で聖騎士をつとめていた、私を見初めて、求婚したことも、ご存知でしょう。 聖騎士は生涯、独身のまま神竜様に仕える騎士です。 当然 “ 婚姻 ” は認められていない。 けれど、そんな妻の “ 虐殺 ” に不安を覚えた、村長は妻を娶って欲しいと “ 懇願 ” されました。 妻に呪術を使えなくする為だけに」
「……そんなつもりはなかった。 家庭を持てば落ち着くと思ったが……」
カヤックの言葉に、村長は頭をふるふると振って否定する。
「この際、当時の思惑はどうでもいいでしょう。 私は妻と一緒になる時、もう2度と生き物を呪い殺さないで欲しいと “ 条件 ” をだしました……」
「つまり、娘は惚れた弱みで約束を守ってるだけにすぎん。 娘は一族の中でも珍しい呪術を行使する際に必要な “ 代償 ” が、なくとも簡単に呪い殺すことも出来るからなぁ。 今回の事を知ったら……村全体を呪い殺すかもしれんし、ワシも村を守るためにはった “ 呪術 ” の、ひとつ、ふたつ、解除するかもなー」
「ど、どうしろと……?」
そんな事をされたら堪らないと村長は、呪術の一族の長を見上げながら問う。
村長からは嫌な汗がダラダラと流れている。
「時間がほしい」
「時間?」
「そうだ、わしは一族を各地に送り、ディアの問題を解決する方法がないか、探させる気じゃ。 ただ、探すには時間がかかるだろう。 その為の時間がほしい」
「いつまで、でしょう?」
「最低でも8年は、ほしいんだが」
「8年も、村を守る呪術者が減るってことか?」
「なに、代わりに、ファラットに村を警備させるよう、ファラットと娘を説得するが、どうだ?」
「お義父様、それはッ!?」
「もちろん、無理をさせない範囲でだ。 それなら娘も渋々だが、同意しよう」
カヤックの反論を認めないばかりと、呪術の一族の長は話を続ける。
「……分かった。 その “ 条件 ” で、認めよう」
「そうか、なら、集会はこれで終わりだな」
「お義父様、私はまだ」
「ファラットも実戦をつんで “ 召喚士 ” の
「――……っ。 いえ、分かりました」
「分かればよい」
呪術の一族の長は、うんうんと頷く。
この村で一番 “ 最強 ” なのは、呪術一族なのは揺るぎない事実なので、これ以上、誰の口からも反論は出なかった。
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