第42話イーディス~ティティとティーニャ~

※ティティ&ティーニャ視点

ーーーー



 ボクがハルと話している時、少し離れた場所に居たガルフォンとフィルの近くに懐かしい桜の木が突然現れた。



 フィルがそう呟くと、桜の木はメキメキと懐かしいイーディスの姿になる。唯一変わった事は、イーディスの長い髪をムツキの真っ赤で大きなリボンで纏められていたことだけだ。そしてボクの狼耳みみに、


「…この、お前が?」

「そうです」

「何色だ?」

「え?」

「髪と瞳の色はだ、か?」

「………そう…です」


 そう、微かに聞こえると、イーディスはフィルの右腕うでを掴んで、森の奥へ姿を消した。

 そのふたりの姿を見たボクは、で、イーディスは何かを知ってると悟った。そして、千年前に突然姿を消した怒りも湧いて、ボクの中の細い糸がプツンと切れた。


「…ねぇ、ボクが…誰か…分かる?」

「……か?」

「よかった。…ティーニャむかしは……“”…だったから…気付かれないと…思った」


 ボクはそう言うと、吹雪をイーディスにぶつける。


「はぁ、かの吹雪を溶かせ〈太陽の光ソーリス・ルクス〉」

「ちょっ、イ、イーディス、ティティ!やめっ!!」

「かの者を束縛し護れ〈束縛の蔓オプリガーディオ〉〈守護の結界デーフェンスィオー〉」

「うわっ!」


 イーディスが止めに入ろうとしたフィルを蔓で木に束縛し、その上から結界が、フィルを守るようにはられる。


「変わらんな。少しは大人になったらどうだ」

「そういう…イーディス……もね」

「ふたりともですっ!もう、やめてください!!」


 フィルが一生懸命、止めようと説得するが、ボクとイーディスは聞く耳を持たず、ボクの氷魔法とイーディスの魔術の応酬が続く。


「…せ、せめて話し合って下さい」

「話し合いも無理だったと記憶してるが」

「…それも……無理…でしょ」


 そうボクとイーディスは前世から仲が悪い。ハルとムツキの世界の言葉だと“犬猿の仲”だ。


 エルフやダークエルフは膨大な魔力を持ち、その魔力ちからで独自の魔術を生み出し、発展していった誇り高い種族だ。

 そして、ボクの種族は“獣人”は高い運動神経を持っているが、使、魔力が少なく、他部族からは“”と呼ばれていた。昔は其々の部族の村でひっそりと暮らしていたが、その“高い運動神経”を人間に目を付けられて、攻められ、最初は抵抗していたが、獣人は少数民族で、絶滅より服従を選び、男は“武力”で、女は異種族同士は子が成せない為“慰み”に。そんな正反対の“種族”が相容れないのは当然のことで。


『獣臭いと思ったら、狼が居たか』

『誇り高いダークエルフ様には耐えられない?』

『…“魔力なし”が偉そうに』

『年中“引きこもり”には言われたくない』


 ティーニャとイーディスは、こんな感じで口喧嘩をしていた。

 イーディスがティーニャ相手に魔術を使うことはなかったが、ふたりとも“人間嫌い”で“ムツキ”と“イグニーア”が大好きで、ふたりを独り占めしようと必死だった。

 所謂、あれだ。えーと…“”だったと、思う。

 それもムツキが“生贄”に捧げられた日まで、だったけど。


『クゥ、どうしたの?具合悪いの?』


 ティーニャは疼くまっているクゥに…フゥの母幻狼に寄り添う。


『どうした?』

『ティーニャ、クゥがどうしたの?』

『どうかしましたか?』


 イーディス、ムツキ、イグニがそれぞれクゥを気遣う。

 イーディスがクゥの上に手を翳して、目を瞑る。


『……クゥの“気”が乱れているな』

『原因分かる?』

『…何か……別の“気”が感じるか……詳しいことまで、分からんな』


 ティーニャの問にイーディスが淡々と答える。その表情を見ると、イーディスも分からないことがティーニャにも伝わる。クゥの種族“幻獣”は滅多に姿を現さず珍しく、稀に“獣人族”の其々の“種族”に該当する、人狼族なら幻狼、猫人族なら幻猫げんびょう、鬼人族なら幻鬼げんきが現れる位で、情報が少なく、イーディスが判断出来なくても、仕方がないことだった。


『城下町に腕のいい獣医が居ると聞きます。クゥを診てもらっては?』

『うん、そうする』


 イグニはかなり心配そうに、動物病院までの地図を書いたメモをティーニャに手渡す。


『ひとりでも大丈夫だから、


 ティーニャはムツキの申し出を断り、ひとりで動物病院へ向かう。ティーニャと入れ違いに、ひとりの文官が部屋へ入る。


『イグニーア殿下。…国王陛下がお呼びです』

『承知しました。直ぐに向かいますと陛下にお伝え下さい』

『はっ、受けたまりました』

『ムツキ、イーディス。父上の所へ行ってきますので、何かありましたら、執事や侍女に申し付けて下さいね』


 そうしてイグニも部屋を後にして、その後、理由は分からないが、イーディスも居なくなり、ムツキはひとりで部屋に残り【魔王城】まで、連れていかれることを、ティーニャは知らなかった。



『クゥが?』

『ええ、そうですよ。お母さんと赤ちゃんの“気”が乱れあって、具合が悪いだけです。落ち着けば安定しますよ』


 ティーニャは訪れた動物病院で、獣医からそう聞かされる。ティーニャは早く皆に知らせようと、クゥを連れて王城に戻ると、数人の国王陛下付きの兵士達が、


『なに!聖女様は魔王封印の“生贄”なのか!?』

『ああ。1時間ほど前に【魔王城】に出発された。イグニーア殿下や、仲間達が側を離れなくて“封印”が出来ないと、

『待て、王太子殿下はご存知じゃないのか!?』

『優しいあの方のことだ。それを知ったらだろうさ』

『…それも…そう…だが』

『俺達の家族の平和の試さ。仕方ないさ』


 何を言っているの?ムツキが魔王封印の“生贄”?

 ティーニャは慌てて、ムツキの部屋に向かう。部屋はもぬけの殻で、床にティーアップが割れて落ちて、紅茶が飛び散っている。

 ティーニャはイグニとイーディスを一生懸命探し続けるが、ふたりを見付ける事が出来ず、クゥを連れて城下町を出て、深淵の森付近までやって来る、


『クゥ。クゥはこれから先はついて来ないで』

『クゥゥゥ、クゥ?』

『大丈夫だよ。ムツキを連れて帰ってくるから、あの場所で、


 その約束は果たされず、ティーニャとムツキはクゥの元へ帰ることが出来なかった。



 ボクはイーディスを見下ろす。

 今さらイグニや姿を消したイーディスを責めるつもりはない。ティーニャがムツキの申し出を断らず、一緒に動物病院に来ていれば、別の未来もあったかもしれない。だけど、フィルとイーディスふたりの会話を聞いて、イーディスが“何か”を知っていると分かった以上、をするしかない。


「ねぇ…フィルは……何を…隠しているの?イーディスも……知っているの……でしょう?」

「……そ、それは…」

「知ってどうする。もう“やってしまったあと”だ」

「イーディスッ!言わないで下さいっ!!」


 “やってしまった”ね。


「それは……………?」


 ボクはボクの中にあった疑問をふたりに問いかけた。


「……………」

「……ッ!」


 イーディスは黙り、フィルが息を飲んだことが、ボクにも伝わる。

 ふたりとも変わってない。図星を付かれたら、イーディスは黙り、イグニは息を飲む癖がある。


「…そう。…やっぱり…………


 ボクはそう言うと、フゥから降りて、地面に着地する。


「話して……くれる?」

「フィルシアール、どうする?」


 ボクの質問にイーディスはフィルに問いかける。フィルはブルブルと頭を降って拒絶する。


「だそうだ。フィルシアールの同意を得られない以上、俺も話す気はない」

「…そう」


 やっぱり【闇ギルド商会】頭領の力を使って、独自で調べるしかないか。


「お前」

「ん。……なに?」


 イーディスは何かに気付いて、顔をしかめる。


「“”か?」

「………………………」

「ちょっ、イーディス。……それは…………」


 の“”に、イーディスが悪げなく触れる。フィルも察していたのか、青白くなり、言葉を失っていく。ボクはニッコリと愛想笑いをして、


「……お前……嫌い」


 再び、氷魔法と魔術の応酬が始まった。

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